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2020.12.16

音声を手がかりに町を回遊するアートプロジェクト。「梅田哲也 イン 別府」が示唆するものとは?

今年で5回目となる「in BEPPU」では、音楽や美術、舞台芸術などの分野を横断しながら活躍している梅田哲也が地図と音声を手がかりに町を回遊する体験型のプロジェクト「O滞」(ゼロタイ)を発表。その見どころをレポートで紹介する。

会場のひとつである塚原温泉 火口乃泉
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 2016年より大分県別府市で開催されてきた芸術祭「in BEPPU」。毎年、国際的に活躍するアーティストを1組招聘し、これまでは目、西野達、アニッシュ・カプーア、関口光太郎が個展形式で多様なアートプロジェクトを実現した。

 5回目となる今年は、音楽や美術、舞台芸術など、様々な分野を横断しながら活躍している梅田哲也を招聘。地図と音声を手がかりに町の数ヶ所を回遊する体験型のプロジェクト「O滞」(ゼロタイ)を展開している。

 タイトルの「O」は、穴あるいはカウント・ゼロ、つまり物事の起源以前の状態を示す。「滞」は物事が動かなくなった状態を意味する。「O滞」はそこにぽっかり空いた穴で、この穴を原点とする新しい秩序の始まりとして読み解くことができる。

会場のひとつである塚原温泉 火口乃泉

 同プロジェクトでは、地図やラジオを持ちながら市内複数の会場を回遊する体験型の作品を発表。それらの会場を舞台にした映像作品も上映。今後は、公式サイトで作品の断片をオンラインで配信するほか、書籍の出版も予定されており、会期終了後も作品を体験することが可能になる。

 プロジェクトの中心となるのは、ラジオから流れる音声を手がかりに町を回遊する体験型の作品。別府温泉発祥の地と言われる浜脇にある丸井戸、水害を鎮めるという中浜地蔵尊まで続く中浜筋、別府湾に面する別府スパビーチ、町の景色を一望できる仕出し屋・いちのいで会館、1943年に閉園した大遊園地の跡地・鶴見園、そして地下水が別府八湯の温泉源とされている伽藍岳の火口・塚原温泉 火口乃泉などが会場になっており、なかには普段人が立ち入らないような場所も含まれている。

会場のひとつである鶴見園

 地域性を活かしたアートプロジェクトを発表するのが、「in BEPPU」の大きな特徴。今回のプロジェクトも、別府という町の風景や歴史をめぐって地域に根ざすものとなる。

 例えば、伽藍岳の中腹にある火口で展示されている作品では、「断層」など地質学的なナラティブが語られており、鉱山跡に熱気を噴き上げる泥火山と響き合っている。また、スイミングプールの跡地が残っている鶴見園では、水が流れる音声などが聴こえる。まるで歴史を遡り、閉園前の施設で水のなかを泳いでいるような感覚が生じる。

会場のひとつである鶴見園

 会場には実際の展示物が置かれておらず、風景が目に入るだけ。ラジオが受信するポイントを探りながら会場内を散策し、市内各所を回遊する行為がこの作品の鑑賞方法となる。人によって受信する音声の内容やタイミングが異なり、また、参加日時によっても周囲の環境や状況が異なるため、人それぞれに体験の内容は違うものとなる。

 そんな町を回遊しながらの作品体験の集大成となるのは、昭和24年に創業した別府の歴史ある映画館「ブルーバード映画館」で上映中の映像作品。役者の森山未來と満島ひかりが町を回遊しながら、別府の歴史やその独特な地貌についてのナラティブを語る。その映像に含まれる音声などが、各会場に流されているコンテンツとなる。

 目に見えないウイルスによって世界情勢や人の生活が急速に変化している現在。実際のかたちがない音声作品を手がかりに別府という町を再認識する今回のプロジェクトは、ニューノーマル時代におけるアート作品の素材や形状、展示の方法を再考する機会にもなるだろう。