2020.3.20

ロマン主義におけるメランコリア。猪瀬直哉が見せる「Romantic Depression」とは?

終末的な風景をロマンチックに描くことで知られているアーティスト・猪瀬直哉。その最新の個展「Romantic Depression」が、5月9日まで東京銀座のTHE CLUBで開催されている。ロマン派や抽象絵画に影響を受けた猪瀬は本展で見せるものとは?

猪瀬直哉
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 終末的な風景をロマンチックに描き、自然と人間の関係性を探求するアーティスト・猪瀬直哉。その最新の個展「Romantic Depression」が、5月9日まで東京銀座のTHE CLUBで開催されている。

 ロマン派や、マーク・ロスコやバーネット・ニューマンなどの抽象絵画に影響を受けた猪瀬は、本展について次のような言葉を寄せている。「ロマン主義風景絵画はつねにその鬱性質的なものとリンクしてきた。作家の心身的な空虚性とそこで見出す希望が作品にロマンスをもたらすのであろうか」(アーティストステートメントより)。

 これらの言葉に見えるように、本展では猪瀬はロマン主義と空虚性を融合させた一連の新作を発表。代表的なモノリスやカラーバー、ペンギンをモチーフにした作品に加え、リサーチのために行ったアイスランドの壮大な景色をもとに描いた作品も展示。これらの作品やモチーフには、作家本人の経験や様々なメタファーが見られている。

展示風景より、左は《Romantic depression》

 例えば、スタンリー・キューブリックが1968年に制作した映画『2001年宇宙の旅』に登場した、知識や神秘および未知なものを象徴するモノリス。猪瀬は《Romantic depression》や《Melancholia》などで、そのモノリスをモチーフに描いている。

 2012年に東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業し、文化庁新進芸術家海外研修員として渡英した猪瀬は、「アジア人がヨーロッパに行くと、やはり微妙に未知な存在なので、皆は僕を“触らない”かのように接する」と振り返っている。「黒人に対して白人はどう接触するのか」ということも意味したキューブリックのブラックモノリスに対し、猪瀬はホワイトモノリスを描写。「それは、純白でミステリアスな知識の象徴。私たちはこのような知識をどう接していくべきなのかを考えたい」。

展示風景より、右から《I trust you》《Melancholia》《Chemical dream》

 また、《I trust you》や《Melancholia》などセルフポートレート的な作品では、ペンギンとプールは、それぞれ日本人である自分と日本を象徴している。「スイミングプールは、非常にフラットな日本の社会を象徴するもの。そこにいれば安全だ。ペンギンは鳥であるのに、飛べない。別にネガティブな意味ではないが、単純にリアルに自分の心境や切なさを描いている」。

 《Chemical dream》では、タグがついているペンギンが描かれている。「そのタグは、日本人として逃れられない、人種に対して逃れられないことを意味」。また、極端的にフラットな画面からなる《Entrust you》は、「リアルなものを見たくない自分」を示しているという。

展示風景より、《Entrust you》

 個人の経験のほか、猪瀬は環境問題や、自然と人間の関係性も画題として取り入れている。

 世界最北の島国であるアイスランドでは、厳しい気候や火山活動の影響で、砂漠化が広範に続いており、森林面積は0.5パーセントしかない。そんな風景に猪瀬はロマンを感じ、《Romantic depression》など終末的な景色を描きだしている。「自然が一生懸命頑張っているのに、なんで人間はそんなに未発達なのだろうかと思う」。

展示風景より、左から《Noisy dream》《Color dream》

 近年、猪瀬はテレビのカラーバーをモチーフにしたシリーズにも力を入れている。かつてのテレビ放送では、番組が終わった後、カラーバーが映し出されていた。猪瀬にとって「ノスタルジックな体験とともに不気味なトラウマ」であるカラーバーは、砂嵐の画面=終焉の前のカラフルな静寂も意味するのだという。

 ロマンや憂鬱など人間の感情に注目しながら、自然に対する畏怖も作品のなかで表現している猪瀬の最新の試みを、ぜひ足を運んで目撃してほしい。

展示風景より、「Dream scape」シリーズ