ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、リリー・P・ブリス、アビー・アルドリッチ・ロックフェラー、メアリー・クイン・サリバンという3人の女性によって、1929年に設立されたのが始まり。当初は、セントラルパーク近くのオフィスビルの一角を借り、展示を行っていた。やがてそのスペースが手狭となり、ミッドタウン・53丁目にあったロッカフェラーの所有する5階建てのタウンハウスに移転したのが32年のこと。
そして39年に、フィリップ・L・グッドウィンとエドワード・ダレル・ストーンのデザインにより、大型美術館としてリニューアルオープンする。この建物が、現在のMoMAのベースとなっている。その後64年のフィリップ・ジョンソン、84年のシーザー・ペリ、2004年の谷口吉生による、増築・改装を経て、MoMAは成長を続け、世界屈指の文化施設としての地位を揺るぎないものとしている。
今回のリニューアルは、14年にスタートしたもの。ハイライン、ICAボストン、ザ・ブロードなどのデザインで知られるディラー・スコフィディオ+レンフロが、ゲンスラーとのコラボレーションで手がけた一大プロジェクトで、工事には4億5000万ドル(約490億円)が費やされた。
第1フェーズの東ウイングの改装は17年に完了。第2フェーズの西ウイング拡張は、美術館の営業と並行して進められていたが、今年6月半ばからは美術館を休館し、その最終工程の工事が行われてきた。
新たなMoMAの総面積は、以前より16パーセント増え6万5000平米(メトロポリタン美術館のおよそ3分の1)。約3700平米のギャラリースペースが追加され、展示エリアは30パーセント増えている。
今回のリニューアルの狙いは3つ。ギャラリースペースを追加し、多岐にわたるコレクションを、分野の垣根を越え、深く掘り下げて展示する機会を増やすこと。ミッドタウンの街並みと一体化すること。そして、より来館者にとって居心地のいい体験を提供すること。これらは、どのようなかたちで実現されたのであろうか。
改善された動線
年間300万人が訪れるMoMAにとって、館内の動線整備は大きな課題であった。人垣をかき分けながらの作品鑑賞は、少なからず体験の質を下げるもの。今回のリニューアルでは、来館者の体験の質向上に重きが置かれており、その工夫がいたるところに見える。
新しいチケットカウンターは、53丁目のメインエントランスを入って左側のエリアに集約された。これにより、いままでチケット購入者で占められていたメインロビーは解放され、劇的にすっきりしている。また展示フロア間の移動は、これまでエスカレーターかエレベーターの2択だったが、今回オープンした西ウイングにはフロアをつなぐ階段が設置されており、動線の大幅改善が期待される。
ギャラリー内も飛躍的に見やすくなった。たんに展示スペースが拡大しただけではなく、以前からあった展示室もスペースの使い方が工夫され、広々と感じられる場所が増えている。
例えば、5階常設展の最初の展示室では、これまで部屋の中央にパネルを設置し、そこに同館のハイライトのひとつ、フィンセント・ファン・ゴッホの《星月夜》(1889)を掲げていた。絵が真っ先に目に入る反面、格好の写真撮影スポットとなり、慢性的に人の滞留が起きていた。今回のリニューアルでこのパネルは取り払われ、《星月夜》は奥の壁に移動。また以前《星月夜》のパネルの裏に設置されていたときには、見逃されやすいのか足を止める人が少なかったポール・セザンヌの《水浴図》(1885)も、いまは壁面に展示され存在感を増している。
全体的には、作品の点数が控えめな部屋が増え、作品解説ラベルなどの文字情報が減ったように見受けられる。作品の前に置かれるベンチの数が前よりも増えており、「来館者が足を止めて考える」ための場所が確保された。空間の使い方は、以前より贅沢になっている。
圧倒的な所蔵作品数
リニューアルオープン後のこけら落としとなる展覧会は、1階のプロジェクトスペースや常設展示室のいくつかの例外を除き、すべてMoMAの所蔵する作品で構成される。新たなスタートにあわせ、美術館としての存在感の高さを改めて示す絶好の機会とあって、展示には力が入っている。
MoMAのコレクションは、8つの版画と、1つのドローイングから始まった。90年が経ったいま、同館の所蔵作品数は約20万点におよぶ。今回、その幅広いコレクションを武器に、様々なテーマで、時代・メディアを横断した展示ができるMoMAの底力がアピールされている。今後「アイコン的作品」以外は、6〜9ヶ月のサイクルで展示替えが行われ、展示内容の鮮度がキープされるという。
MoMAのキュレーションポリシーをもっともよく見て取れるのが、2階の現代美術のコレクション展示だ。女性、黒人、ラテンアメリカ、中国、身体といったテーマで、美術史の新定番になっている「ナラティブ」が着実に押さえられるなか、ジェフ・クーンズやシンディー・シャーマンなど、スター的アーティストの作品もその文脈に組み込まれ、幅広い層の観客に対応するためのバランスが取られている。切り口に斬新さはないが、その点がまさしく「トラディショナルな近・現代美術史の文脈を大きく逸脱することなく、新しい視点も一般に伝えていく」という、MoMAの意思表明なのだと解釈もできる。
再オープンし来館者を迎えたあと、空間がどのように変わり、来館者がどのような印象を受けるのか興味深い。もし好評を得て、これから集客力がさらに高まり混雑が再び深刻化した場合、周辺の地価や、今回の工事中の混乱具合を加味すると、これ以上増築などのインフラ改善で対応するのは難しいのではないだろうか。メンバー限定の開館時間をさらに拡大するなど、ソフト面で工夫を凝らすのが、来場者のエクスペリエンスの質を向上していくための、次の手段になっていくのかもしれない。