2002年の開館以来、初となる現代美術展がポーラ美術館で開幕した。
タイトルの「シンコペーション」(切分法)とは、リズムを意図的にずらし、楽曲に表情や緊張感をあたえる音楽の手法のこと。本展では、コレクションの絵画、彫刻、東洋陶磁といった多様なコレクションを現代美術作品と並置することで、このシンコペーションのような新鮮な表情がもたらされている。
まず、会場に足を踏み入れてすぐに気づくのは、壁の奥から聞こえてくる断続的で涼やかな音。この音の正体は、セレスト・ブルシエ=ムジュノのインスタレーション作品《クリナメン v.7》(2019)だ。プールに浮かぶ大小の白い陶磁器がそれぞれ意思を持つかのごとく接触を繰り返し、絶えず異なる和音が生み出される本作は、周縁にあるベンチに座ってゆっくりと鑑賞してほしい。
そしてこの作品とペアリングされるのは、クロード・モネによる、水鏡の複雑なきらめきをとらえた名作《睡蓮》(1907)。池の水面の変化に魅せられたモネの心境は、《クリナメン v.7》を鑑賞後はより身近なものとして感じられるかもしれない。
本展でルネ・マグリット、ポール・セザンヌという2人の巨匠と共演するのは写真家の石塚元太良。マグリット《前兆》(1938)を起点に石塚がセレクトし、プリントしたという写真作品と、「この絵に没入してしまった経験がある」と話す、セザンヌの静物画に呼応する写真作品がそれぞれ冒頭・終盤のスペースに展示されている。
「今回の作品で強調したいのは、継続性と非連続性はいつでもペアになっているということです」と話すのは、アーティスト・デュオとしてパフォーマンスや映像、インスタレーションを手がけてきたプリンツ・ゴラムだ。「身体と歴史」がテーマのこの部屋では、象徴的ポーズで静止するふたりの作品とセザンヌの《4人の水浴の女たち》(1877-78)が呼応する。
なお、同部屋の中央にはオーギュスト・ロダン《カレーの市民(第二試作)》(1885、鋳造年1977)が展示されているが、これを見守るように並置されるのは、ベッヒャー派のひとり、カンディダ・ヘーファーの写真作品。カレー市から依頼を受けロダンの作品を収めたこの写真シリーズでは、同一の彫刻作品の、環境による相違が克明に写し出される。
同じくベルリンからは、ウォルフガング・ティルマンスも展覧会に参加。ティルマンスの写真作品には、エドゥアール・マネらの作品が並置されている。時代はもちろん、写真と絵画でメディアは異なるが、日常をとらえた作品から様々な寓意を見出すことができるという点など、不思議にも共通点が自然に立ち上がってくる。
イギリスに暮らす4名の老女がショパンのワルツを引き継ぐ、横溝静の映像作品《永遠に、そしてふたたび》(2003)。彼女たちの家の庭や部屋の光景がもういっぽうのスクリーンに映し出され、その人生をも立体的に浮かび上がらせる本作には、クロード・モネ、ピエール・オーギュスト・ルノワール、ピエール・ボナールの作品が対面する。ボナールの出品作は、晩年に妻を亡くしたあと、自宅から望む風景を繰り返し描いた《ミモザのある階段》(1946頃)。庭を起点に様々なストーリーが喚起されるこの展示室は、本展でもとくにドラマチックなパートのひとつと言えるだろう。
ともすれば平坦にとらえられがちな対象を立体的に浮かび上がらせること。それは、パブロ・ピカソの《新聞とグラスとタバコの箱》(1921)を発端とした磯谷博史の作品シリーズや、渡辺豊の絵画でも同様に見ることができる。
磯谷博史による写真作品《カップル》(2004-11)は、2箱の「マルボロ」がキスをするように組み合わされているモノクロ写真。作品に近づくと、額に赤色の着色が施されていることがわかる。これは、本来カラー写真であった作品に存在した色であり、鑑賞者に「この色はどこから来ているのか」という想像を促す。そしてそのことが、作品と鑑賞者をより近づけるブリッジになるという仕掛けになっている。
いっぽう渡辺豊は、過去の巨匠やそのモデルたちの名前をインターネット上で検索し、膨大なイメージをキュビスム的に構成。ポール・セザンヌ、バブロ・ピカソ、藤田嗣治(レオナール・フジタ)の作品もそれらに混在して展示される。目くらましのような空間を堪能したあとは、展示室に置かれたハンドアウトでその答え合わせを楽しんでほしい。
渡辺の作品と同様に静かな混乱を生み出すのは、アリシア・クワデのインスタレーション作品《まなざしの間で》(2018)。薄暗い空間のなかでガラスや鏡が入れ込まれたフレームとランプが迷宮のように配置される本作では、実像と鏡像が複雑に交差する。その奥に見えるのは、サルバドール・ダリのミステリアスな作品《姿の見えない眠る人、馬、獅子》(1930)だ。
また、空間全体に壁画を展開するアブデルカデル・バンシャンマ《ボディ・オブ・ゴースト》(2019)とギュスターヴ・クールベ《岩なる風景》の迫力ある組み合わせにも注目したい。
タイトルに「シンコペーション」とある通り、本展では音が強い印象を残す作品がいくつもある。そのひとつがアンリ・マティスの《リュート》(1943)と向かい合う、オリヴァー・ビアの《悪魔たち》(2017)だ。紀元前3000年から現代まで、古今東西の様々な器にマイクを設置し、それらの内側で反響する音を増幅させているという作品だ。
そしてもうひとつが、スーザン・フィリップスの《ウインド・ウッド》(2019)。不遇のダンサー、ルチア・ジョイスの人生がバックグラウンドにある本作は、ラヴェル作曲の「シェヘラザード」より、フルートの旋律を断片化した音が11個のスピーカーから流れるサウンド・インスタレーションだ。ポーラ美術館の代名詞のひとつでもある遊歩道を舞台に、森に生息する鳥のせえずりとフルートの音が重なり合うことで、ここでしか体験できない幻想的な世界観をつくり出している。
出品作品は風景、歴史、世界、ワルツなどのキーワードで区分されているが、それぞれが躍動的に、涼やかに、重厚に、ときにはユーモラスに異なる調和を印象的に生み出していた本展。休暇を利用してゆっくりと訪れてほしい展覧会だ。