スポーツとアートのつながりをいかに創造的にとらえるか。T-HOUSE New Balanceが提示する可能性

アスリートの動きの美しさをアートととらえることは可能だが、より概念的に、競技そのものとアートの接点/境界に迫れるのではないか。また、アスリートの動きに創造性を読み取ることができるのではないか。「T-HOUSE New Balance」を会場に、美術評論家・中尾拓哉のキュレーションで開催中の「ANOTHER DIAGRAM(別のダイアグラム)」展(〜5月30日)を取材した。

文=中島良平 Photo by Kohei Omachi(W)

会場風景より、手前は安原千夏《frame game(W/BR) 1st》、《frame game(W/BR) 2nd》(いずれも2023)

 2020年7月、New Balanceの新しいコンセプトストア「T-HOUSE New Balance」が日本橋浜町にオープンした。意匠監修と建築設計を担当したのは、スキーマ建築計画を率いる建築家の長坂常。川越で解体した古い蔵の構造体を運んできて更地に再構築し、それを覆うように真っ白で無機質な箱のような建物だ。茶室に宿るもてなしの精神に着想し、New Balanceの最新のテクノロジーやコンセプトをかたちにした特別なプロダクトを展開する空間として、ここには未来と伝統が共存している。また、日本橋浜町という古くからのものづくりの街に位置するこの建物には、アメリカと日本のデザインチームが共同で立ち上げた「TOKYO DESIGN STUDIO New Balance」のスタジオが併設され、クリエイションが行われる場としても機能している。 

スポーツから見たもうひとつの美術史

 このユニークなコンセプトストアを会場に、「ANOTHER DIAGRAM(別のダイアグラム)」と題する展示がスタートした。会期は5月30日まで。参加作家は、荒木悠、臼井良平、玉山拓郎、安原千夏、ユニ・ホン・シャープの5名。荒木とランニング、臼井と水泳といった具合にそれぞれの作品がひとつの競技と組み合わさり、プロダクトが並ぶ什器の一部や壁面、キッチンカウンターなどに展示されている。

 キュレーションを手がけたのは、美術評論家の中尾拓哉。編著書の『アート/スポーツ』(森話社)で、暮沢剛巳、大山エンリコイサム、山峰潤也をはじめとする批評家やアーティスト、キュレーターを著者として集め、批評的視点からスポーツとアートの境界上に新たな結びつきを探るなど、アートと日常に見るその他の事象との関係に着目してきた美術評論家だ。「TOKYO DESIGN STUDIO New Balance」がコンセプトを発信するためにプロデュースするフリーマガジン『NOT FAR』にて、「ANOTHER DIAGRAM」のタイトルで連載を開始したことに両者の関係は端を発するのだという。

会場風景より

 「『スポーツ/アート』は、14人の論者によって様々な角度からスポーツとアートの接点をとらえる内容の書籍になっているので、New Balanceさんから『NOT FAR』での連載を依頼された際、今度はスポーツの競技種目一つひとつに向き合った内容にするのはどうかという思いがありました。例えば、ロバート・ラウシェンバーグがテニスをモチーフに行ったパフォーマンスを取り上げたことがあります。ラウシェンバーグはラリーの対話性に着目し、ラケットでボールを打つ音のリズムを音楽にするように、その音をラケットに設置した送信機からスピーカーに送り大音量で会場に流しました。それが爆撃音を想起させるため、テニスをモチーフに冷戦下の緊張感と重なる表現をしたようでした。

 ラウシェンバーグは日常と芸術の接点を考えていた作家なので、そのモチーフにスポーツを選び、アートのなかでとらえたという事実が美術史にあります。私の展望としてはこのように20種目か30種目を取り上げて、スポーツからアートを見たもうひとつの美術史のようなものを紡ぎたいと考え、この連載をスタートしました」(中尾)。

5人の現代美術家がアートで“競技”

 創刊号で取り上げたのが、古代ギリシア美術で動きを連続的に描写されたランナーの姿とマルセル・デュシャン、2号目でバスケット・ボールをモチーフとしたジェフ・クーンズの「平衡」シリーズ、3号目でサッカー選手のダイナミズムと未来派のウンベルト・ボッチョーニ、4号目で泳ぐ人を切り絵にしたアンリ・マティスと水泳、5号目でテニスのパフォーマンスをしたラウシェンバーグ。

 6号目で馬術とワシリー・カンディンスキーについて論じ、現在7号目を執筆中だというが、ではその連載を「T-HOUSE New Balance」のスペースで展示としてかたちにするには、どのような方法があるか。

 中尾は現代作家の作品をリサーチし、創刊号から5号目までで取り上げたスポーツとリンクする表現をインスタレーションで紹介しようと考えたという。荒木悠がパルテノン神殿のレプリカの前を走る映像作品は、今回の展示のためにつくられた新作ではないにもかかわらず、古代ギリシア美術とデュシャンについて論じた連載第1回とシンクロする。デュシャンが階段を降りる裸婦の動きを解体し、時間の流れを感じさせているのと対をなすように、荒木が走り続ける映像はひとコマひとコマのつながりで時間が表現されている。

会場風景より、荒木悠《複製神殿(短距離)》(2016/2023)

 玉山拓郎が出品するのは、天井近くに設置された金属の球体と床に置かれたモップを組み合わせたインスタレーション。幾何学的な直線に言及する作品なのだが、不思議とバスケットボールの3ポイントシュートを思わせる軌道が想起され、また球体を見上げると、リバウンドを奪い合う選手の目線を追体験した気分になる。

会場風景より、玉山拓郎《Globe and Pipeline》(2023)
会場風景より、玉山拓郎《Pipeline(Mop)》(2023)

 「安原千夏さんに出品をお願いしたのは版画作品ですが、サッカーのいくつかのシーンを合成してワンシーンをつくっているため、センターサークルやタッチラインが不自然に組み合わさっていたり、実際に同じ場面でマッチしていない選手が重なっていたり、違う時間と異なる目線からみた場面がひとつの画面に同居しています。それは未来派やキュビスムの作家が様々な角度から時間と空間をとらえようとしたことにリンクするとともに、私たちが色々な角度から撮影したカメラの映像でスポーツを観戦することとも重なります」。

会場風景より、安原千夏《frame game(W/BR) 1st》(2023)

 店内のキッチンカウンターを設置場所にした臼井良平の作品は、ガラスで水を表現している。そこに脱いだTシャツが組み合わさることで、水泳前の脱衣からのつながりが連想される。ユニ・ホン・シャープの作品は、2017年に広島市現代美術館で発表した、戦争がいま起きている方角を向いてラケットを振り続けるパフォーマンスのラケットだが、これはテニスと結びつくばかりか、ラウシェンバーグのパフォーマンスにおける同時代の社会との連結としての接点をもっている。各種目について論じた連載第1回から第5回までのテキストが会場で配布され、スポーツとアートはもとより、レファレンスとしての美術史を新たに発見できるような長い時間軸をもった視点も浮かび上がってくる展示となっている。

会場風景より、臼井良平《Shirt》(2023)
会場風景より、ユニ・ホン・シャープ《対決》(2017/2023)

アートとのコラボレーションにより生まれた新たな対話

 「TOKYO DESIGN STUDIO New Balance」ディレクターのモリタニシュウゴは、「プロダクトが並ぶストアのイメージと、インスタレーションのどちらかに偏ることのないバランスが空間に馴染んでいる」とインスタレーションを考察する。

 「New Balanceでは、クリエイティブカルチャーを大切にして、スポーツに熱心なお客さま以外にもアプローチして価値観を共有していきたいと考えています。そういうモチベーションで、ただ新商品を早いサイクルで開発するのではなく、年に3冊程度のスパンで『NOT FAR』を刊行したり、今回のように中尾さんをキュレーターに迎え、スポーツとアートのつながりを提示する展示を開催できることは、ブランドの強みだと思っています。お客さまやコラボレーションする方との長いコミュニケーションは、そうしてかたちになるはずですから」。

会場風景より

 スニーカーを買いに行った先でインスタレーションを体感し、アートへの興味が芽生えた。あるいは、アートが見たくて足を運んだ先でスニーカーのテクノロジーに触れ、ランニングを始めることになった。人の習慣や興味などは、ときとしてそうした偶然の出会いが引き金になって生まれるものである。スポーツとアートの接点/境界に着目した「ANOTHER DIAGRAM」は、新たなネットワークや長いコミュニケーションが生まれるきっかけとなり、また中尾拓哉がスポーツから見た美術史を紡ぎあげる一端となるに違いない。

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