能登印刷のオンラインミュージアムプラットフォーム「MU(ミュー)」に関連して開催された「MUオンライントークコンテンツ」。国立美術館本部の学芸担当課長兼東京国立近代美術館企画課の一條彰子、国立文化財機構文化財活用センターの藤田千織、岐阜県美術館副館長兼学芸部長の正村美里が、美術館のオンライン活用について語った。
東京国立近代美術館
これまで様々な教育普及活動を行ってきた東京国立近代美術館。同館はギャラリートーク、作家や担当学芸員によるトークイベント、ワークショップなどを、対象者は幼児からと大人までと、幅広い年齢層を対象に実施してきた。
しかし同館の一條によれば、こうしたプログラムは2020年の年初以降、新型コロナウイルスの流行によって実地での開催が難しくなったという。こうした状況を受けて実施することになった、オンラインでの教育普及のための施策の具体例が紹介された。
まずは訪日外国人を対象とした現地での英語ガイドプログラム「Let`s Talk Art!」のオンライン化だ。もともとインバウンド向けのプログラムとして19年1月にスタートしたが、新型コロナウイルスの影響で翌年2月にプログラムが中止に。2年の試行錯誤を経て、22年2月に「"Let's Talk Art!"」として再開した。
「Let`s Talk Art! Online」は週に1回提供され、ファシリテーターが所蔵品のなかから選んだ3作品について、オンラインで参加者が自由に対話するというものだ。大学等の教育機関向けに実施したものでは留学生が参加することもあり、好評を得ているという。
本プログラムのオンライン化には様々な課題があった。実際に来館できない人々のためにプログラムを疑似体験できる動画を撮影し配信しておくとともに、オンラインで参加料を決済するための外部予約サイトやオンライン環境の整備、英語ガイドのICTスキルの習得など、時間をかけてそれら課題を解決していったという。
このような対面プログラムのオンライン化のほかに、アーカイブを生かして制作されたコンテンツもある。2019年にスタートした「鑑賞素材BOX」は、学校の授業内で美術鑑賞をする際に、国立美術館の素材を使えるようにしたものだ。
鑑賞素材BOXに登録された国立5館の抜粋されたコレクションを選択すると、高精細の文化財の画像を、拡大や縮小を自在にしながら鑑賞することができる。これにより、全国どこの教育機関でも作品鑑賞を学ぶ際の素材として、文化財のアーカイヴを活用することが可能だ。
オンラインでのコンテンツや教材は、距離という問題を克服できるのが素晴らしいと語る一條。日本の地方や島しょ部にも美術の魅力を伝えることができ、さらに障害を持つ子供たちにはオンラインの方が参加しやすい人もいるため、鑑賞者の幅を広げることもできたという。
国立文化財機構文化財活用センター
文化財活用センターは2018年に国立文化財機構に設置された。文化財に親しむためのコンテンツ開発や事業推進を行う「企画」、国立博物館の収蔵品の貸与促進をする「貸与促進」、文化財のデジタル化と国内外への情報発信をする「デジタル資源」、文化財保存の相談や助言を行う「保存」の4つを軸とした活動を行っている。
これまでミュージアムを訪れる機会の少なかった人々に、新たな手法を使いながら、文化財を通した体験や学びを提供していると同センターの藤田は語る。
文化財活用センターが生まれる以前から、東京国立博物館では長谷川等伯の《松林図屏風》の複製を和室に置き、当時のようにロウソクや行灯をイメージした光でそれを鑑賞するといったワークショップを実施していた。複製ならではの鑑賞ともいえるこうした事例は、のちに高精細複製品と映像プロジェクションを組み合わせて《松林図屏風》を畳の上で楽しむという体験型展示にもつながっていったという。
デジタルツールを使って文化財を鑑賞するこうした東京国立博物館の試みは、文化財活用センターにも引き継がれた。「トーハク×びじゅチューン!なりきり⽇本美術館」は、アーティストの井上涼が美術作品を歌とアニメーションで紹介するテレビ番組「びじゅチューン!」とコラボレーションした展覧会だ。葛飾北斎の《冨嶽三十六景(神奈川沖浪裏)》の大波を巨大なスクリーンで体験したり、岸田劉生《麗子微笑》になりきってその感情を想像する双方向のインタラクティブなモニター展示などを実現した展覧会は、幅広い世代に人気を博した。
こうしたデジタルメディアを用いた体験型展示は、通常の展示では提示できない部分を見せることができるうえに、能動的な鑑賞態度を喚起する。藤田は、デジタルメディアを使うことが目的なのではなく、伝えたいテーマを実現するためにデジタルメディアを最適化させて使用することが重要だと語った。
保存の観点から実物の長期間の展示ができないことも多い文化財だが、デジタル化して資源とすることで、アーカイブの活用の幅も鑑賞の対象も大きく広がると藤田は言う。代替手段としてではなく、文化財活用の重要なツールとして、デジタルコンテンツは今後も増えていくだろう。
岐阜県美術館
SNSやラジオの活用など、ほかのミュージアムではなかなか見られない試みを行っているのが岐阜県美術館だ。
2020年の新型コロナウイルスの影響による休館中、岐阜県美術館では本来展示室内で行う予定だった森下真樹のダンスパフォーマンスを、休館中の美術館全体を使って行い録画し、YouTubeで公開するという試みを実施した。以降、同館は次々とオンラインコンテンツを拡充し、「ナンヤローネ オンライン」として現在も様々なコンテンツを公開している。同館副館長兼学芸部長の正村は、その試みをいくつか紹介した。
「#おうちに居ながラー美術館」は、AR(拡張現実)技術を使い、スマートフォンで好きなところに岐阜県美術館の収蔵作品を配置し鑑賞できるというものだ。また「#岐阜県美術館ワークシート」は、収蔵作品をもとにした塗り絵や、鑑賞のポイントを考えるヒントが掲載された鑑賞ワークシートをPDFで配布するというもので、自宅での美術の学習に役立つという。
また、同館館長であるアーティストの日比野克彦の作品《SuchSuchSuch》をもとにした「#SuchatHome」は、箱を用意することで誰もが参加できる鑑賞ワークショップだ。対象の作品を見ながら手前のコネクターをひとつ選んで箱に入れていき、最後に箱の中のものを見ながらそのときの心情を思い出しつつ自由に絵を描くというもの。本来は館内でワークショップとして実施されていたが、これを自宅にあるものを使用して行うというこれまでにない試みとなった。
ほかにも岐阜県美術館のアートコミュニケーターである「〜ながラー」が、岐阜県美術館のコレクションを見ながら自由に思ったことを音声配信番組にした「#〜ながラジオ!」や、同館学芸員が描く学芸員の日常を4コママンガにした宇佐江みつこ「#ミュージアムの女」など、多様なコンテンツを美術館の財産として成長させてきたという。
正村は、コロナ禍では展示した作品を見せられない悔しさから懸命にアップロードしていったと語る。しかしながら、いまは溢れるオンラインコンテンツを整理する段階にきており、いかに届けるかを考えなければいけないという。いっぽうで、オンラインコンテンツは一過性ではなく、蓄積することに大きな魅力があるとも語る正村。岐阜県美術館のウェブサイトにはこうしたコンテンツのアーカイヴがこれからも蓄積されそうだ。
新型コロナウイルスのパンデミックから2年以上が経過したいま、すでにオンラインコンテンツは各ミュージアムがコレクションを活かすうえで、必要不可欠なものになっている。各館において拡充したコンテンツが、今後どのように発展していくのか期待が高まるトークセッションとなった。