2022.10.31

「MUオンライントークコンテンツ」Vol.1レポート。美術館のアーカイヴはいかに活用できるのか? 3つの事例から考える

能登印刷が9月にローンチした、デジタル・アーカイヴのプラットフォーム事業「MU(ミュー)」は美術館の課題解決とアートファンの裾野拡大を目指す新たな取り組みだ。本事業に関連して、美術館・博物館のアーカイヴ活用について、現場の当事者たちを呼んでオンラインでセッションをする「MUオンライントークコンテンツ」が開催。その様子をレポートする。

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 能登印刷のデジタル・アーカイヴのプラットフォーム事業「MU(ミュー)」に関連して開催された「MUオンラインセッション」。北海道博物館の三浦泰之、せんだいメディアテークの小川直人、慶應義塾大学の金子晋丈を招き、美術館のアーカイブの利活用について語った。

おうちミュージアム(北海道博物館)

 北海道博物館が公式ウェブサイトで運営している「おうちミュージアム」。本サービスについて、立ち上げに関わった北海道博物館学芸部道⺠サービスグループの学芸主幹・三浦泰之が紹介した。

三浦泰之作成の資料より、北海道博物館

 「おうちミュージアム」が立ち上がった2020年は、新型コロナウイルスによって多くの美術館・博物館が休館した年であり、北海道博物館も例外ではなかった。学校も休校となり、子供たちが自宅待機を余儀なくされているという状況も生じていた。こうして、休館中の博物館に眠るアーカイヴと、休校によって自宅で過ごす子供たちというふたつの状況を呼応させるように生まれたのが「おうちミュージアム」だという。

 「おうちミュージアム」は、それまで博物館で企画していた体験展示やワークショップなどの蓄積をアレンジし、自宅で楽しく学べるコンテンツとしてオンラインで届けるもの。例えば、江戸時代の終わりに北海道を旅して様々な記録を残した松浦武四郎の描いた絵を使った「松浦武四郎の描いた絵にぬりえしよう!」や、アイヌ料理のレシピを紹介する「おうちでアイヌの伝統料理を作ろう!」などは、自宅にあるものやPDFを印刷して取り組める。これらのコンテンツが学芸員によって考案され、ウェブサイトに掲載されていった。

北海道博物館のウェブサイトより「松浦武四郎の描いた絵にぬりえしよう!」

 「おうちミュージアム」で特筆すべき点は、この試みが北海道博物館のみならず、全国の美術館・博物館へと広がっていったことだ。各ミュージアムが個々にコンテンツを発信するのではなく、ともにコンテンツを発信することが目指され、各博物館のウェブサイトの「おうちミュージアム」のページからは、全国の館の「おうちミュージアム」のページにアクセスすることが可能となっている。SNSや地域内の口コミ、新聞などのメディアを通して広がった結果、現在では240以上の美術館・博物館が実施することになった。

三浦泰之作成の資料より

 「おうちミュージアム」は休校中の宿題のほか、事情があり学校に通えない子供たちの教材としても活用されているという。また、参加している館同士でのオンライン上の交流会や、有志によるメーリングリストの開設も行われ、美術館に携わる人同士の有機的なネットワークが構築されているのも特徴だ。

 三浦は今後、こうしてできたつながりをより強化し、集まったコンテンツを利活用しながらオンラインのプラットフォームとして誰もが自由に関わり、活用できるようなものに育てていきたいという。

  ネットワーク技術の研究を行う慶應義塾大学の金子は、本プロジェクトを次のように評した。「人間関係のネットワークの構築というのは、目に見える価値を見出しにくいので評価されにくい側面があるが、インフラのように大変重要なもの。既存のネットワークを使いながら少しずつそれを強化していくというのは、地道ながらも大変価値があるものだと思う」。

3がつ11にちをわすれないためにセンター(せんだいメディアテーク)

3がつ11にちをわすれないためにセンターのロゴマーク

 せんだいメディアテークの学芸員である小川直人は、同館の長年にわたり継続しているプロジェクト「3がつ11にちをわすれないためにセンター(わすれン)」を紹介した。

 2011年の東日本大震災で被災した仙台市の⽣涯学習施設として、何かできることはないかという問いから始まったこの試みは同年5月に始まった。東⽇本⼤震災を市⺠や専⾨家との協働により記録発信し、さらに向きあっていくためのプラットフォームとなっている。

 その初期から、記録活動の場や機材を提供したり、さまざまな人が語り合う機会を設けている。また資料をパッケージ化しライブラリーを通じて利用できるようにもした。

小川直人作成の資料より

 さまざまな活動を資料化するなかで、それをいかに伝えていくか試みの工夫もある。ギャラリーでの展覧会として資料を見せる「記録と想起・イメージの家を歩く」展(2014)や、毎年続けている「星空と路」などだ。

小川直人作成の資料より

 これらの取り組みと資料のさらなる活用の可能性を探るべく、カタログ等の発行のほか、最近では異分野の専門家に資料を見てもらい活用方法を考える実践(ダイブわすれン!)も試みている。

小川直人作成の資料より

 「わすれン!」のウェブサイトでは、これらのアーカイブを約1300の記事で見ることができる。

 慶應義塾大学の金子は「わすれン」について、次のようにコメントをした。「ネットワークを着実につくっていて素晴らしい。異なる分野の人にアーカイヴを見せるという『ダイブわすれン!』などは、アーカイヴの存在を外に広げる試みとして、大変地に足がついたもので参考になる」。

MoSaIC(慶應義塾大学)

 慶應義塾大学理工学部情報工学科准教授で、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究センターでネットワーク技術の研究を行う金子晋丈は、同大が所有する文化資産の仮想コレクション集「Museum of Shared and Interactive Cataloguing(MoSaIC)」について説明。

金子晋丈作成の資料より

 慶應義塾大学は、国宝《秋草文壺》から『グーテンベルク42行聖書』、日吉旧海軍地下壕など、ジャンルも形態も様々な文化資産を有している。その多様さゆえに、活用方法や展示の難しさが長年の課題だった。またその様態が多岐にわたるがゆえに、展示をしてもつながりを見いだせないという問題があった。

 そこで考え出されたのが「Museum of Shared and Interactive Cataloguing(MoSaIC)」だ。これは、美術館側から一方的に展示を提案するのではなく、各資料のあいだを観客が参加するかたちで埋めていけないか、という試みだ。見る側はまったく異なる領域から、自らの関心に連動するテーマを見つけ出すことができる。

 具体的には、ウェブサイト上で学芸員のみならず市井の人々が、自らの興味関心にしたがって資料のなかから展示ルームを構成。それぞれのアクティビティはデジタル上で連関しており、そのつながりを誰もが追体験することができる。ものごとの興味関心は個人個人によって異なるが、その価値を共有する方法を模索し続けている。

 オンライン上でアーカイヴをただ見せるだけでなく、三者三様のかたちで利活用をしてきた貴重な事例を、当事者から聞くことができる貴重なトークとなった。美術館・博物館の資産を広く利活用するための様々な試作を、広く共有して役立てていくためのきっかけとなれば幸いだ。