SPECIAL / PROMOTION - 2019.5.17

中堅作家を次なるステージへ。Tokyo Contemporary Art Awardの長期的支援とは?

東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が2018年に創設した現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award」(TCAA)の第1回受賞者が風間サチコと下道基行に決定。 授賞式と受賞記念シンポジウムが4月21日、東京都現代美術館で行われた。このアワードの特徴や選考のポイント、そして「中堅アーティスト」を取り巻く情報まで、幅広い議論が展開された本イベントの様子をレポートでお届けする。

文=杉原環樹 撮影=稲葉真

 東京都とトーキョーアーツアンドスペースが2018年に創設した現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award」(TCAA)。その記念すべき第1回の授賞式と受賞記念シンポジウムが、4月21日、リニューアルオープンしたばかりの東京都現代美術館で開かれた。

「Tokyo Contemporary Art Award」授賞式・受賞記念シンポジウムの様子

TCAAのふたつの特徴

 新たに始まったTCAAのアワードとしての特徴は、大きく分けてふたつある。

 ひとつ目は、「中堅アーティスト」を対象としていること。国内の美術賞の数は、近年増加傾向にある。しかし、その対象は多くの場合新進の若手であり、一定のキャリアを持つ中堅への支援は手薄となっている状況があるという(平成28年度東京都調査)。そうしたなかTCAAでは、「海外での活動に意欲を持ち、更なる飛躍とポテンシャルが期待できる国内の中堅アーティスト」を対象に、盲点となる時期の活動の後押しをする。

 ふたつ目は、受賞者に対する選考委員の、一過性ではない支援体制の充実だ。今回、選考委員は受賞者の決定にあたり、候補者のスタジオ訪問や面接を実施。直接対話を通し、作品だけでは測れない創作の背景にも触れた。また受賞者には、賞金300万円や国内外での発信に役立つモノグラフの作成のほか、海外での活動機会や、2年後(2021年)の東京都現代美術館での成果展の機会が与えられるが、その折々に選考委員が支援を行う。「賞を与えて終わり」ではない、その前後のコミュニケーションが重視されている。

風間サチコ

 さて、そんなTCAAの第一回受賞者には、風間サチコと下道基行が選ばれた。1972年生まれの風間は、版画という伝統的なメディアにこだわり、「個人の継続的な批評性をもとに制作を続けている」点が評価された。いっぽう、今年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本館代表作家にも選ばれている1978年生まれの下道は、国境など「境界」のあり方を丹念に観察し、それを詩的な方法で作品に昇華する活動が評価された。

小池百合子から表彰盾を受け取る下道基行

 イベント前半の授賞式では、風間と下道、小池百合子(東京都知事)、岡素之(東京都現代美術館館長)、さらに選考委員を代表して、神谷幸江(ジャパン・ソサエティー、ニューヨーク ギャラリー・ディレクター)が登壇し、賞の授与やスピーチが行われた。

 受賞者スピーチでは、風間がこれまで関わった関係者への感謝を述べつつ、「第1回の受賞者として賞の意義を伝えられるようにしたい」とコメント。いっぽうの下道は、大学時代の友人の多くはすでに制作から離れていることを挙げ、「続けることは大変。この賞は自分への叱咤激励で、身が引き締まる思いだ」と、受賞の感想を口にした。

シンポジウムから見えるTCAAの意義

 続いて後半では、受賞記念シンポジウムが行われた。

 登壇者は受賞者2名と神谷に加え、住友文彦(アーツ前橋 館長/東京藝術大学大学院 准教授)、ドリュン・チョン(M+ 副館長/チーフ・キュレーター)、キャロル・インハ・ルー(北京インサイドアウト美術館 ディレクター)、近藤由紀(トーキョーアーツアンドスペース プログラムディレクター)。モデレーターは塩見有子(NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ ディレクター)が務めた。また、欠席となった審査委員長のマリア・リンド(キュレーター、ライター、エデュケーター)は音声メッセージを寄せた。

写真左から神谷幸江、住友文彦、ドリュン・チョン、キャロル・インハ・ルー、近藤由紀

 最初の中心的な話題となったのは、「TCAAの意義について」だ。

 印象的だったのは、冒頭に流された音声メッセージで、リンドが「日本では多くのつくり手がコマーシャル・ギャラリーに所属していることに驚いた」と語ったこと。またチョンからは、会場の東京都現代美術館の展示を見て、「日本の近現代美術の連続性を感じることができた」との発言もあった。こうした声を受けて住友は、「つまり日本では、ギャラリーや歴史の厚みというインフラはそれなりにある。しかし、多くの人が『何かが足りない』と感じている」と話す。では、そのなかでTCAAの課題とは何だろう。

 とりわけ強調されていたのは、冒頭に記したようなバックアップ体制により、一定の実績を蓄積したアーティストに新しい創作の可能性を与えることの意味である。

神谷幸江

 例えば神谷は、「中堅アーティストはすでに自分の世界観を持っているが、強いプロジェクトが生まれると、どこでもその繰り返しが求められがちだ」と、中堅をめぐる現状を指摘。「そのなかでTCAAでは、作品以前の制作現場にも触れながら、一時的な脚光を与えるのではなく、作り手が新しい局面を迎える機会を長期で支えたい」と語った。

 同じく住友も、「名称にアワードとあるが、TCAAはグラント(助成)、すなわち次のステージに行くための支援だと思っている」と話す。とくに彼が期待するのは、支援内容のひとつであるモノグラフの作成だ。つくり手の思考を綴った文章や、造形以前の感覚的なドローイングを収録したモノグラフは、伴走者である学芸員にとっても作家の次の展開を想像するうえで役立ち、スタイルの固定化を回避する効果があると指摘した。

キャロル・インハ・ルー

 いっぽうインハ・ルーは、「受賞の有無に関わらず、アーティストは作品を作り続けることを忘れてはならない」としつつ、そこでTCAAのようなアワードにできることは、「アートを支える(評価を含めた)システムの多様性に貢献することだ」と話した。

 上述した通り、TCAAではポートフォリオによる審査以外に、スタジオ訪問や面接による直接対話が重視された。その過程で生まれた一体感は、「一種のチームのようであったと思う」と近藤は回顧する。シンポジウムでは、その選考方法にも話題が及んだ。

写真左から塩見有子、下道基行、風間サチコ

​ 自宅をスタジオとする風間は、「国際的な選考委員のみなさんを部屋に招くのは躊躇があった」と笑いながら振り返る。「しかし、自分にとってスタジオと自宅を一緒にすることは意味があり、地道に集めた資料や古本の量が生み出す空気感を大切にしている。その制作の姿を共有することで、納得してもらえたものがあったと思う」と語る。

 他方、愛知県を拠点に旅をベースとした作品制作を行う下道の場合は、自宅を制作スタジオとしていないため、東京都現代美術館にて作品を囲んだ面接が行われた。「ただ、その雰囲気は面接というより、日常的な会話に近かった」と下道。「それは自分がレジデンスで経験してきた作家同士の会話に近い。作家は作品を通して語ることで、物事を早く吸収するところがある。こうした経験は、海外での活動にも活かせるものだと思う」。

ドリュン・チョン

 こうした選考の様子を振り返りながら、ドリュンは、「ふたりの方法論はまるで異なる」と語る。「風間さんは、圧倒的な作業量から生まれる細部やスケール感で人を惹きつける。他方で下道さんは、スタジオから飛び出して旅に出る」。では、ふたりの共通性とは何か? 「それは、想像力やリサーチの力を通して、観客が歴史を超えて共有できるイメージをつくっていること、社会に対する批評的な声があったことだ」と、受賞のポイントをあらためて語った。

 また、時間をかけた選考過程により、選考委員に見えたこともあったと言う。住友は、候補者には東日本大震災関連の作品を作る作り手が多かったことに触れ、「候補者には人間と自然、近代科学との関係を問い直し、従来とは異なる価値観を模索しているという共通性があった。こうした点は時間をかけて集中しないと見えないものだ」と話した。

中堅アーティストに光を当てる

 さらに、アワードの対象である「中堅」についての話題もあった。

 そもそも、「中堅」とはどのような時期を指すのか。インハ・ルーは、「『中堅』という呼び方には一種の繊細さが伴う」としつつも、制作やリサーチの方法論、関心領域が明確になるなか、中堅とは「自分の方法を超えて新たなスタートを切る時期だ」と話す。

近藤由紀

 そのなかで、中堅に期待するものとしてとりわけ多く飛び出していたのは、活動に通底する思想や言葉の存在だ。塩見は、選考の過程で選考委員から、「プロジェクトではなくプラクティス」という言葉が度々出ていたことを紹介。「プロジェクトはその都度バラバラだが、個々の活動の背後に通底するバックボーンの有無により、その活動がプラクティスと呼べるかが決まる」と話した。ドリュンも、「中堅アーティストには自分の活動をどれくらい言葉にできるかといったことが求められる」と語った。

 他方でドリュンは、「多くの人が新しさ(new)に反応してしまう。若手とベテランの間で見えにくくなる層との関わり方は、美術館に勤める人間の課題でもある」とも指摘。これに対して住友は、「たしかに中堅の個展はやりにくい。しかし、作品が空間に並ぶことで生まれることもある。その可能性を与えることもTCAAの意義だ」と話した。​

風間サチコ

​ シンポジウムのラストは、一連の議論を受けた受賞者2名の言葉で締められた。

 25歳でデビューし、すでに22年のキャリアを持つ風間は、「そこそこの量の作品が塊として存在する状況は、惰性のタネになる危険性もあると感じる」と心境を語る。「今後の活動をこれまでの20年と同じにするのか、それを破るのか」。そのなかでTCAAに与えられた海外活動の機会は、ドイツ滞在に当てたいと言う。「これまでは自宅に引きこもり制作をしてきたが、最近ワルシャワに初めて行き、自分の眼を通してしかできないリサーチがあると感じた。今回、ベルリンを中心に様々な場所を見てこようと思う」。

下道基行

 いっぽうで下道は、これまでの歩みを回顧しながら、「大学卒業後、若手として声がかかるいくつかのチャンスがあった。そして次第に、作品と名前を一緒に覚えてもらえるようになった」と語る。「では、それで作家活動がうなぎ登りかというと、多くの仲間がそのタイミングで大学の先生になる。そのなかで、自分はいつも足元だけではなく、離れた場所を意識しながら活動してきた。旅の経験が作品に結実するには時間がかかるが、今回は新しい制作のタネを拾えそうな場所に行きたい」と話した。

 TCAAは今回の第1回を含めて、2021年までに全3回の実施が予定されている。今回の受賞者が2021年に成果展を行うように、来年発表される受賞者は2022年に、その次の受賞者には2023年の発表の場が与えられる。「中堅アーティスト」という、支援の盲点に光を当てようとするTCAA。その成果に、長期的な眼差しを向けていきたい。

「Tokyo Contemporary Art Award」授賞式・受賞記念シンポジウムの様子