美術館のない街で同時代の美術/文化を発信するために2016年から現代美術展「アートオブリスト」を開催している愛知県大府市。歴史的にも県内の交通の要衝として東海道線上の名古屋方面から東京方面への起点となってきた同市で、新たなアートイベントが始まった。
「境界のかたち 現代美術in 大府」と題されたこのイベントは、新しい時代のなかで、社会に存在する様々な「境界」を見つめ、それに向き合うヒントを探るもの。参加作家は、鈴木一太郎、松川朋奈、うしお、下道基行、折原智江、平川祐樹(展示順)。おおぶ文化交流の杜 allobuの館内各所に作品が展示されている。では各作品を見ていこう。
鈴木一太郎
ヴァーチャルと彫刻をテーマに立体作品を制作する鈴木一太郎は、馬をモチーフに、ドット絵の画像を立体化したような高さ約2.5メートル、幅約3.3メートルもの巨大な彫刻を展示。様々な場所に設置されてきた「騎馬像」を通じて、現代における公共彫刻の意味を考察する。
松川朋奈
松川朋奈は現代社会で生きる女性をモチーフに、写実的なスタイルで描き続けている画家。作家自身が同世代の女性たちにインタビューし、彼女たちの身体の一部や衣服、室内の様子などをモチーフにして絵画を描く。本展では、「母と娘」の葛藤や変化する関係性についてのエピソードをもとにした作品を見せる。
うしお
コミュニケーションや社会のなかで生まれる「思い通りにならない状況」に着目するうしお。1813年に愛知県出身の船頭・小栗重吉が尾張藩の米を江戸へと運んだその帰りの航路で難破し、最終的にアメリカ西海岸沖で海外の船に助けられ、帰国したというエピソードをモチーフに、映像と竹の構造物によるインスタレーションを制作。「海の上での漂流」という、まさに究極の「思い通りにならない状況」のなかで、人間はどのように反応し、人間らしく行動することができるのかを作品によって提示する。
下道基行
生活のなかに埋没して忘却されかけている物語や些細すぎて明確には意識化されない日常的な物事などを作品に取り込む下道基行は、中学校2年生である14歳の子供たちに「身の回りの境界線を探す」という特別授業を「あいちトリエンナーレ2013」の際、大府や岡崎、刈谷など、尾張と三河の「境界」に近い場所で行った。本展では、彼らの発見した境界線の話をその地元の新聞に掲載するこのプロジェクトについて、その後海外で実施したものも含め紹介する。
折原智江
折原智江は作家自身の「身体的な感覚」と素材/マテリアルの特性を織り交ぜた作品で知られる。今回折原は、一見「石」のように見える立体作品を展示した。この作品は、2020年一年間分の新聞紙を積層させて、書かれた出来事を読み上げながら固めて、刃物で削ることで石のようになった物体。あえて新聞が新聞であるかどうかわからなくなるような物体をつくりだし、図書館の本棚のあいだで展示。人間が何かを未来に残そうとする意思について考える。
平川祐樹
場所や事物について、考古学や地質学などの視点からリサーチし、映像、写真、インスタレーション、あるいはそれら複数のメディアを組み合わせて作品にする平川祐樹。今回は、取調室のような空間で、人の手や本といったオブジェが机に並んだ光景の映像を展示した。映像のイメージの元になっているのは、昭和初期に公開されたものの、フィルムが現存していない映画の1シーンだ。俳優もいなくなりストーリーから切り離されたこの場面は、一度失われてしまった映画のフィルムが持っていたであろう記憶を、詩的に呼び起こす。