2019.5.28

映像は黒塗りされる必要があったのか? 吉開菜央が語る「表現を規制すること」

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で2018年から約1年間行われた展覧会「オープン・スペース 2018 イン・トランジション」。本展の出品作のひとつである吉開菜央の映像作品《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》の一部シーンが会期中、黒く塗りつぶされたかたちで上映されていたことが、吉開の手記によって明らかにされた。なぜ該当シーンは黒塗りにされたのか。その経緯をたどるとともに、吉開とICCに話を聞いた。

吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)より
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 今年3月、アーティストの吉開菜央が自身のウェブサイト上で「NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]での展示のこと」と題した手記を発表した。「時間が経って、展示も終わり、自分がいまだに納得できないこと、怒りを覚えることがなんなのか、冷静に考えられるようになってきました。書き残しておきたいと思いました」という一文から始まる文章のなかで吉開は、参加したICCの展覧会「オープン・スペース 2018 イン・トランジション」で起こった以下の出来事を記している。

吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)より

(1)展覧会オープンの2ヶ月前、吉開の出品作《Grand Bouquet / いま いちばん美しいあなたたちへ》のビデオコンテをICCが確認。本作の企画・制作をサポートした、NTT基礎研究所の渡邊淳司より「(ICCの親会社である)NTT的にこのシーンはNGかも」との連絡があった。

(2)そのシーンとは、主人公の指が、自分よりも圧倒的に強い存在である黒い塊の暴力によって折れてしまうという描写だった。しかし、NGの理由は吉開に伝えられなかった。

(3)吉開は、作品のコンセプトの説明とともに「該当シーンは作品に必要で省くことができない」と渡邊に伝え話し合いの提案をしたが、結局話し合いの場は設けられることはなかった。そのため予定通り撮影を行い、作品を完成させた。

(4)吉開は展覧会オープンの約1ヶ月前、撮影した素材をつないだ実写映像のテスト投影をICCで行った。映像データには、のちに問題となる箇所を含む映像の具体的な実写も含まれ、ICC主任学芸員・畠中実もその際、該当シーンを確認。吉開は畠中に「(以前、NTT的に指のシーンがNGかもしれないという指摘があったが)後半の、グロテスクとも受け取れる別のシーンは大丈夫なのでしょうか?」と質問。畠中からは「指のシーンはなんとも言えないけれど、グロは大丈夫だと思う」として、指の折れる表現についてもNTT東日本広報室に確認中であることを吉開に伝えた。

(5)展覧会オープンの1週間前、「展示が不可能なほど、NTT東日本広報室から苦情の意見がきている」と、畠中から連絡があった。そして広報室とICC職員から集めたとされる意見リストを、吉開が直接確認する機会が設けられた。

(6)意見の中には、「NTTは会社として、いいものをつくっているというイメージで世間に見られたいので、ホラー映画のような不快なものは会社の施設で展示するには相応しくない」「オリンピック、パラリンピックを控えている東京で、指のない障がい者への配慮に欠けるような表現は好ましくない」「不快な作品は展示すべきでない」「緊張を高められる表現は過激でよくない」などがあった。それに加え、畠中からは「同和問題」のケースもおもんぱかりたいとの説明があった。

吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)より、黒く塗りつぶされたシーンの一部
吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)より、黒く塗りつぶされたシーンの一部

 このことに対して、吉開は了承を得た者のみが作品を見られるような「ゾーニング」を提案するも、NTT東日本広報室はこれを却下。話し合いの結果として、該当するシーンは全面、黒く塗りつぶした状態での展示が決定した。そしてそれは、想定より多くのシーンが黒く塗りつぶされたかたちでの公開だったという。

いまでも疑問に残るのは3つの点です。 (1)わたしの作品では、指1本だけでなく、親指以外全て折れてなくなる表現でした。そもそも4本指にはなりません。けれどもなぜ、「同和問題」訴訟および詐欺訴訟へのリスク回避をしなければならなかったのか。 (2)なぜ、撮影前に直接、畠中さんからわたしへの詳しい説明および話し合いの時間が設けられなかったのか。 (3)今回の展示の学芸員である畠中さん自身がそもそもNGだと思っていた表現を、上層部にどのような言葉で伝え、何を確認しようとしたのか。 吉開のウェブサイトより

 上記の3つの疑問について、「美術手帖」がICCへとコメントを求めたところ、その親会社であるNTT東日本広報室から以下のような回答があった。

(1)今回の作品の一部の映像表現は親指以外全て折れてなくなる表現であり、4本指にはならないとしても、先天的・後天的な様々な理由で親指しかない方も来館されることを勘案すれば、一般的にもこの映像表現に懸念があると判断されたことから、主任学芸員として、ICCに来場される様々な客層(※)に配慮すべきであるという観点からお伝えしました。  その際、例えば、4本指の表現で起こりうる同和問題や、そこから波及する同和訴訟のリスクについて、代表的な「事例」としてお話しているだけで、当該作品が同和問題に抵触するという意味合いでお伝えしたものではございません。 ※様々な客層:子どもから大人、ご年配、外国人、障がい者の方や性別を問わず来館されるたくさんのお客さま (2)撮影前である約2ヶ月前に最初のイメージを受け取った段階で、一部の映像表現(指が折れる表現)の懸念点を作家に伝え、加えて、該当部分の具体的な作品イメージの提出をもって最終確認をとりたい旨はすでにお伝えしていました。※結果として、吉開様から該当部分の具体的な作品イメージをいただいたのは約10日前。 (3)作品の表現方法や内容については、NTT東日本の文化施設ICCの運営委託を受けているNTTラーニングシステムズの学芸員が作家と話し合いながら固めていきますが、NTT東日本広報室がICC運営の最終決定権者であることから、今回の懸念点について報告しました。そこから、「公開しない」という選択肢ではなく、「どのようにすれば作品を公開できる可能性があるのか」の確認を行っています。また、黒味を入れる表現に修正するなど、作家も同意のもと展示に至ったと認識しています。 NTT東日本広報室の回答より

 この返答に対し吉開は、「結果として、吉開様から該当部分の具体的な作品イメージをいただいたのは約10日前」という返答は事実と異なると前置きしたうえで、「美術手帖」に以下のように語る。

 「私が聞きたかったのは、担当学芸員である畠中さんはこの問題を認識した時点からどのように考え、行動し、その問題を乗り越えるために必要なことをどれだけ考えてくださっていたかということです。わたしから直接NTT東日本広報室の方とコミュニケーションを取ることはできませんでした。もともとご自分が問題があると思った作品について、そのオフライン動画とともに、どういった言葉を添えて、広報室に伝えたのでしょうか?

 展示公開から1年経とうとしていますが、いまだにこの件を防ぐことは本当にできなかったのか、またこうした問題を生んでしまう世の中の風潮、現代に起こる様々な問題について、一つひとつ事情が違うものだと認識はしていますが、NTT東日本が忖度した世間のうちのひとりとして、自分はどういったことができるのか考えています」。

 そして最後に、こう締めくくった。「あらゆる表現に対する規制が、これからどんどん強くなっていくという疑念を拭い去れません。わたしはそんな未来は嫌です。そして自分ももっと、自分の気持ちについてだけではなく、根拠を持って“その意見はおかしいのではないかと言えるようにこれから調べていこうと思います」。

吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)より、黒く塗りつぶされたシーンの一部

 なお取材後、吉開は《Grand Bouquet / いま いちばん美しいあなたたちへ》の背景にレイ・ブラッドベリの小説『華氏451度』(1953)のストーリーがあったことを明かしている。『華氏451度』では社会の秩序と平穏が最善とされ、行き過ぎた規制と検閲の先にすべての書物が燃やされる世界が描かれている。今回の事例は、それら規制を内面化した自主規制の一端とでも言えるだろう。

 美術館やアートセンターがまず尊重すべきは、アーティストの意志であり、作品ではないか? 作家とICCのあいだで十分な話し合いが行われず、トラブル回避を優先した消極的な対応は是であったのか、疑問が残る。

吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)より