《サン・チャイルド》とは
大きな波紋を呼んだパブリック・アートが、「撤去」というかたちで幕引きを迎えようとしている。
ヤノベケンジによる立体作品《サン・チャイルド》は、2011年に制作された高さ6.2メートル、重さ800キロにおよぶ巨大な子供像。同年に発生した東日本大震災を受け、「暗雲垂れこめるこの空に光差し込む入り口を開く」(ヤノベケンジ公式サイトより)存在として制作されたものだ。
黄色い防護服をまとった子供が大きな瞳で空を見上げる本作。像の胸部には「000」と表示されたガイガーカウンターを思わせるカウンターが付いており、左手にヘルメットを、右手に太陽を持ち、その姿には「防護服を脱いでも生きてゆける世界を希求する祈りとメッセージ」(同)が込められている。
この作品は11年以降、東京・青山の岡本太郎記念館をはじめ、日本各地で展示されており、同様の作品はこれまでに計3体制作されている。現在、福島に設置されているのはそのうちのひとつで、一般財団法人ふくしま自然エネルギー基金に寄贈された後、福島市に所有権を移し、同市の子育て支援施設「こむこむ館」前に設置された。
過去、この作品は「福島現代美術ビエンナーレ」(2012)の参加作品として福島空港に設置された経緯があり、当時は作品設置のためにクラウドファンディングが実施され、展示が実現している。
作品設置への批判
今回の作品設置は、福島市長・木幡浩の意向によって実現したもの。しかし、8月3日の作品設置後は、「原発事故の風評被害を広める」などとした批判が市に寄せられる事態となった。
これを受け、ヤノベは8月10日に「《サン・チャイルド》設置について」と題した声明文を公開し、同作に込めた思いと、設置に至った経緯を説明。「突然、設置されて驚かれたかた、不快に思われたかたがいましたら改めてお詫び申し上げます。 もとより市民の皆様を傷付ける意図はまったくありませんので心を痛めております」とし、「しかるべき時に、直接、市民の方々にお会いしてご意見をお聞きし、お話しする機会を持つために、おうかがいしたいと思っています」と、対話を求める意見を表明していた。
また、福島市長も8月13日に「サン・チャイルドの設置に関する市長コメント」を公表。
「『防護服』のようなものを着ていたり、『カウンター』のデザインがゼロであることは、あくまで『原子力災害からの安全』の象徴であって、風評等に与える影響は限定的にとどまり、福島空港等での実績や近年の現代アートの集客力等を考慮すれば、市民の皆様にも受け入れていただけ、子どもたちやまちづくりにプラスになるものと判断しました」と設置を決断した理由を説明。「作品の受け止めかたについて、この度様々なご指摘をいただきました。ご指摘は真摯に受け止めさせていただくとともに、今後市民の皆様などのご意見をよくお聞きした上で、このサン・チャイルドの取扱いについて、検討したいと思います」とコメントしていた。
展示中止、撤去へ
しかしながら、このコメントから2週間が経過した28日に事態は一転し、同市は作品の撤去を明らかにした。
これは、市が8月にこむこむ館で実施したアンケートの結果などを受けてのもの。市によると、アンケートでは「存続希望」が22件、「移設を含む撤去希望」が75件という結果だったという。
市長が28日に公表した声明では、「災害の教訓の継承、勇気や元気を与えるなどの観点から設置の継続を求める声がある一方で、風評への懸念、作品への違和感、設置する場所の問題など設置に反対する声も多く、このように賛否が分かれる作品を『復興の象徴』として、このまま市民の皆様の前に設置し続けることは困難と判断しました」とコメント。「今後、できるだけ早く展示を取りやめたうえで、その取扱いを検討してまいります」と撤去を明言した。
またヤノベもこの市長声明を受け、28日に「《サン・チャイルド》の展示取り止めについて」とする声明文を公開。
「これ以上、市内外の人々を巻き込み、対立が生まれることは避けたい」としながらも、「今回のことを真摯に受け止め、できる限り多くの市民の皆様と対話させていただき、いちから精進したい」と今後も対話を続ける姿勢を見せている。
今回の事態を市民はどう受け止めているのだろうか? こむこむ館前では撤去の報道を聞き、作品を写真に収めようとする市民の姿も複数見られ、「なぜ(作品に)反対なのかわからない。理由が知りたい」「いつまでも風評被害と言っていてはダメだ。それを超える強さを持たないと」「果たして風評被害そのものもあるのかどうか疑問」といった声も聞かれた。
また、震災以前よりヤノベケンジと関わりのある福島県立美術館の学芸課長・荒木康子はこう話す。「(いち市民として)作品に対してどういう感想を持ってもいいとは思います。美術とはそういうものではないでしょうか。ただ、設置にも撤去にも、時間がもう少し必要だった。美術だけに限りませんが、意見の対立で終わってしまうのはあまりにも悲しい。そうではなく、(時間はかかるかもしれませんが)相互理解を深めることが必要ではないでしょうか」。
なお、市によると作品の撤去時期については未定。撤去後の取り扱いについては「いずれかの施設で保管することになると思う」としながらも、具体的な予定は立っていないという。
今後、作品を撤去するだけでなく、作家や行政、そして市民との対話の機会が設けられるのか。経緯を注視したい。