8月20日まで東京都美術館で開催されたアンリ・マティスの大規模回顧展に続き、マティスの切り紙絵に焦点を当て、2024年2月に国立新美術館で開催が予定されている「マティス 自由なフォルム」展。同展の詳細が発表された。
本展は、1951年に日本で初めてのマティス展が東京国立博物館で開催されてから70周年の節目の年、2021年に国立新美術館で開催予定だったが、コロナ禍の影響で延期を余儀なくされた。マティスが晩年に過ごしたフランス・ニースにあるニース市マティス美術館の全面協力を得て、絵画、彫刻、素描、版画、テキスタイルなど約150点を紹介する予定だ。
展覧会の見どころを大きく紹介すると、マティスの切り紙絵を日本で初めて本格的に展示するほか、ニース市マティス美術館のメインホールを飾る切り紙絵の大作《花と果実》(1952-53)が本展のために修復を経て、初来日することや、ニース郊外のヴァンスに建てられた、マティスが切り紙絵を応用し、室内装飾などをデザインしたロザリオ礼拝堂を体感できる空間を再現することが挙げられる。
本展監修者であり国立新美術館 主任研究員の米田尚輝は8月24日に行われた記者発表会で、本展は「マティスの後半生にフォーカスを当てた展覧会と言える」と話す。緩やかな時系列順に沿って5つのセクションで構成されるという。
初期の作品を紹介するセクション「色彩の道」と「アトリエ」から、ニースに拠点を移したのち、マティスが手がけた舞台装置や衣装デザインに注目した「舞台装置から大型装飾へ」、切り紙絵に特化した「自由なフォルム」、そしてロザリオ礼拝堂にまつわる作品や資料を取り上げる「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」という構成だ。
最初のセクション「色彩の道」では、マティスが「私の最初の絵画」と称した《本のある静物》(1890)をはじめ、ルーヴル美術館で古代美術と巨匠たちの模写に取り組んだ代表的な作例である《ダフィッツゾーン・デ・ヘームの「食卓」に基づく静物》(1893)、マティスの代名詞であるフォーヴィスム(野獣派)の特徴が見られる《マティス夫人の肖像》(1905)など、初期の貴重な作品が集まる。
次のセクションでは、マティスにとって創造の現場であると同時に、絵画の重要な主題のひとつでもある「アトリエ」に注目。アトリエ内の女性モデルを描いた絵画や彫刻のほか、絵画にも頻繁に描かれるモチーフのために収集したオブジェや、米田が話す「マティスの画集を開けばどこにでも載っているような」絵画《ロカイユ様式の肘掛け椅子》(1946)とマティスが所有していた実際の椅子も出品される。
衣装デザイン、壁画、テキスタイルなどの制作も手がけたマティス。第3のセクション「舞台装置から大型装飾へ」では、こうした領域でのマティスの仕事を紹介する。アメリカのコレクターであるアルバート・C・バーンズの依頼を受けて制作した15メートル以上の壁画のための習作や、タペストリーの下絵として制作された長さ2メートルを超える大型の油彩画などが、このセクションで見ることができる。
第4のセクション「自由なフォルム」では、マティスが切り紙絵の技法を用いた作品を中心に紹介。晩年に大病を患ったマティスは、新たな表現手法として切り紙絵に精力的に取り組むようになった。国立新美術館長の逢坂恵理子は同じ記者発表会で、「色を塗った紙をはさみで切りとり、台紙にのりで貼り付ける手法によって、マティスは色と線、つまり色彩とデッサンのふたつを結合するという表現に到達した」と評価している。
同セクションでは、4メートル×8メートルにおよぶ大作《花と果実》とその関連資料をはじめ、スイスのバイエラー財団やパリの国立近代美術館にも所蔵されている「ブルー・ヌード」連作のうちのひとつや、マティスの切り紙絵による図版とテキストで構成される書物『ジャズ』(1947刊行)、日本文化への関心がうかがえる《日本の仮面》(1950初頭)、そして1951年の東京国立博物館での展覧会カタログの裏表紙にも飾られた読売新聞所蔵のデッサンなどが一堂に展示され、日本でまとめて鑑賞できる稀な機会だ。
米田によれば、1951年、東京での展覧会が開催されたときは、マティスがヴァンスのロザリオ礼拝堂を完成させようとする時期だった。この展覧会の開催により、ロザリオ礼拝堂の建設のために多くの資金を集め、大いに貢献したという。最後のセクション「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」では、晩年のマティスが専心していたこの礼拝堂の内部に迫る。
礼拝堂内部の壁面装飾はきわめてシンプルで、主に生命の木をモチーフにしたステンドグラスと、聖ドミニクスなどが描かれた3つの陶板壁画で構成されている。本展では、これらの装飾の準備習作のほか、《祭壇のキリスト磔刑像》(1949/鋳造1965)などの典礼用の調度品、切り紙絵を用いてデザインしたステンドグラスの図案の別案や上祭服のためのマケットなどが集結。また、「光の移り変わりを体感できるような、デジタルと物理的再現を混ぜ合わせた礼拝堂の実物大の体感型のインスタレーション」(米田)も設置される予定だ。
マティスの没後70周年にあたる2024年、晩年に精力的に取り組んだ切り紙絵を通じ、その芸術家人生の集大成に迫る本展。期待が高まる。