宇佐美圭司の《きずな》は、1976年に東京大学生協創立30周年記念事業の一環として、元同生協役職員らで構成された記念事業委員会が、元生協従業員等に募った募金の使途として、東京大学側が宇佐美に制作を依頼した作品。40年以上にわたり、東大中央食堂の壁面に展示され、学生を中心に多くの人々に親しまれてきた。
この作品に廃棄の疑いが出たのが4月下旬のこと。アーティスト・岡﨑乾二郎が、宇佐美作品が中央食堂改修に伴い廃棄されたことを示唆する東大生協の「一言カード」(利用者の質問に対する回答)をツイートしたことで、一気に広まった。
これはまぎれもなく宇佐美圭司の代表作。それが処分? 意匠の問題だって? 東大生協?ありえない。美術、文化にかかわる教員の方々は意見もいえなかったのだろうか?内緒に処分?https://t.co/59BaFOH1bf
— おかざき乾じろ (@kenjirookazaki) April 26, 2018
「一言カード」は3月15日付で「東大生協中央食堂に従前から展示されていた宇佐美圭司の絵画は中央食堂改修後は再び中央食堂壁面には戻らないようだと本部施設部の知人から聞いております。宇佐美の作品はすでに1970年代の後半には中央食堂の壁面を飾っていたかと思います。たいへん懐かしいもので、今後の行方が気になってお尋ねしてみました。よろしくお願いいたします」との問いに対し、「意匠や吸音の壁になることから、移設はできないため、今回処分することにした」としていたが、その後、文言は削除された。
その後、SNSでは「作品の価値がわかる人と食堂の管理者とのディスコミニュケーションな予感」「とにかく再発防止にこだわっていただきたい」「寄贈という手もあったのでは」といった意見が飛び交ったが、東大および東大生協側は5月8日に公表した声明文で、同作が完全に「廃棄」されたことを認め、謝罪した。
東大は「(東京大学中央食堂の)工事の監修にあたった本学の教授は、作品を保存するべきであるという立場から、打ち合わせの段階で、意匠上も機能上も問題のない新たな設置場所を具体的に指定しておりました。ところがそのことが関連の会議では情報として適切に共有されず、絵画をそのまま残して設計を変更するか、作品を廃棄するしかないという誤った認識のもとで、所有権者である東大生協が廃棄処分の判断を下した」とその経緯を説明。
東大には美術を専門にする教授陣も在籍している。しかしながら東大生協は「十分な検証を経ることなく、また専門家の意見を聞くこともなく、技術的には絵が固定されていてそのまま取り外せないものであり、周りから切り取っても出入り口を通れる大きさではないという誤った認識が共有され、そのまま残して設計を変更するか、設計を優先させて廃棄するかという二者択一の中で判断しなければならないという流れになりました」とコメント。結果として、設計と作品保護を両立させることなく、東大生協によって作品が廃棄処分の判断が下された。
作品自体は2017年9月14日に廃棄処分されたとのことだが、東大によると「そのことが大学側には伝えられないまま、中央食堂の利用者から指摘があるまで半年以上の時間が経過」したという。
美術史上に残るべき作品の破棄というこの結果に対し、東大側は「当該作品が東京大学内の公共空間に設置されていた貴重な芸術作品である以上、所有権の如何に関わらず、大学側としてもその文化的価値についての認識を全教職員が共有し、情報の伝達に万全を期して細心の注意を払うべきでした。かかる事態に至ってしまったことは痛恨の極みで有り、慙愧に耐えません」とコメント。また東大生協側も「ご意見を賜りました皆様方、制作者の関係者の方々、東京大学関係者の方々ならびに作品に触れる機会を永遠に失ってしまった多くの皆様に深くお詫び申し上げます」と謝罪の言葉を綴っている。
これを機に、大学等においても美術作品保管のさらなる徹底と、管理体制の構築を期待したい。