BUGと歩むことで見えた新たな景色。向井ひかりインタビュー【2/3ページ】

──二次審査では20組のセミファイナリスト全員が審査員全員と1対1の面談を行うなど、審査員と丁寧にコミュニケーションを取れるのもBUG Art Awardの魅力のひとつですよね。多くの方々が関わる展覧会をつくるうえでの苦労などはありましたか?

向井 はじめのうちは、早めにイメージを共有したほうがやりやすいかなと、展示のイメージ図などを自発的に作成していました。ですが、作品のパッケージというか外部を進める動きばかりで、中身の制作を進められないことをもどかしく感じることもありました。パッケージが先にあると安心できることは確かなのですが、実際には作品や展示の内容が決まらないと考えられないことばかりで、しばらく空回りしていました。

 当初のスケジュール通りにはいかなかった部分もありますが、色々な人と関わりながら一緒につくっていくので、依頼するものは早めに、自分がやることでも取り組んだ経験のないことをする場合は早めに、と心がけていました。

第1回BUG Art Awardの2次審査での1on1の様子
第1回公開最終審査の様子。審査員は、内海潤也、菊地敦己、たかくらかずき、中川千恵子、横山由季子

──今後、キャリアを重ねていくなかで大規模な芸術祭への参加やコミッションワークなどを引き受けるときにも役立ちそうな経験ですね。その意味では、予算についてもこれまでの活動に比べて随分と多かったかと思います。

 そもそも300万円という金額を手にしたことさえなかったので、まったくイメージが湧かず、最初は「使い切れないかも?」と悩みもしました。しかし実際には、制作費に100万円ほど、設営や撤去には200万円ほどはかかったので、意外と必要な額でしたね。最初は設営費の検討もつかなかったので、いったん全部の理想を詰めて見積もりを出してもらったら500万円以上になってしまって(笑)。見積もりには項目ごとに金額が記載されているので、「じゃあこれは自分でやろう」などと取捨選択をしていくことができました。

 よくある助成金などと違って、今回の展覧会のための消耗品だけでなく、今後も使える機材の購入に費用を充てることができたのもありがたかったです。最初は、これだけの予算を任せてくれるということは、それによってできることに挑戦してほしいというメッセージなのだと考えて、全予算を本展のために完全燃焼させようとしていたんです。しかし、BUGの方が「むしろそれはもったいない」と言ってくださいました。「今後の活動のクオリティアップにつながるのなら、普段だったら手を出さない機材や技法にも積極的に挑戦してほしい」と。

──BUGとしても、ここで投資した機材を活用して、グランプリ作家が活躍してくれればそれは嬉しいことですよね。ほかには、どんなものに予算を使いましたか?

向井 いつもは「(お金は)いいよ、いいよ」と工房を無料で使わせてくれる先輩や、お互いに展覧会準備を無償で手伝いあう関係の友人たちに、適正な謝礼で依頼を出すことができました。「これでひとつ、これからもよろしくお願いします(笑)」と言いながら。嫌ならば断れるというのは前提ですが、仕事でなく誰かの作品を手伝うということは、失敗しながら経験を積むことが許される場でもあるので、お金だけのやり取りが必ずしもいいとは思わないのですが、関係ができているうえで謝礼を渡せるというのは良かったです。友達と回していた村経済に日本銀行券が流通してきた感じ(笑)。

 こういう経済活動と直接結びつかない作品を制作する場が、企業によって担保されていることは、ありがたくも不思議だなという感じがあります。リクルートという大企業だから、その端っこで色々とさせてもらえるのだと思います。朝の八重洲に来ると、スーツを着たサラリーマンの方々がたくさん歩いていて、この人たちが働いているあいだに私は展示室の寸法を測っていたりして。「歯車」というと聞こえは悪いけれど、社会と噛みあって何らかの対象に確実に作用できる人たちのことを尊敬しています。私も一部ではそのように労働しているのですが。

 展示室の寸法を測ったり使いたい素材を選んだりすることが、集団で生きていくために必要な労働と同じく、価値があるとされ様々な機会を与えられていることが、信じ難いなと思う瞬間もあります。ですが、何かに作用する可能性を作品が持っていると信じる人たちがいるから、この場を与えられているのだとも思います。

編集部

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