偶然性から生まれる不確かな絵画。対談:ウェイド・ガイトン×中野信子【2/2ページ】

東京の街並みを作品に取り込む

中野 エスパス ルイ・ヴィトン東京での個展「Thirteen Paintings」では、13点の絵画で構成される《Untitled》が公開されています。13枚で1セットという形式には、どのような意味が込められているのでしょうか。

ガイトン 《Untitled》は13枚が合わさってひとつの作品をなしていて、1枚ずつ壁に掛けて展開もできるし、ひとところにまとめて彫刻作品として展示することもできます。スタックするときは表と表を合わせた一対をつくり、続いて裏と裏で合わせた一対をつくり……と重ねていきます。ぎゅっと詰まったかたまりのなかに様々な情報が凝縮され、同時にいつでも拡張し得るポテンシャルを秘めた、ひとつのボリュームとして立ち現れることとなります。

 13枚というのはその数字に意味があるのではなく、それくらいがちょうどいい分量だからです。作品をスタジオに立てかけて保管する際に、これ以上枚数が多いと倒れる危険性があります。これより少ないと、彫刻作品としての厚みがもの足りなく感じられます。

ウェイド・ガイトン「Thirteen Paintings」展の展示風景より、《Untitled》(2022)
Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris
Photo: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

中野 可変性が高いつくりになっていることは、創作上の重要なポイントになっているのですか? 

ガイトン 多様なレイヤーを重ねていくことが、私の作品づくりの基本であり、可変性があると、それだけでいくつものレイヤーを生み出すことができます。絵画内にプリントされている内容も、たくさんのレイヤーが含まれ折り重なっています。自分が制作する様子を写真に撮ったものもあれば、スタジオをリノベーションしている様が写っていたり、作品をつくっているのと同じコンピュータで見ていたニュース画面も組み込んでいます。

 自分が日頃している行為のすべては等価で、記録され作品に組み込まれ得るものとしてあります。だから私の作品は、私が何をしてきたかの記録にもなっていて、自分自身が忘れてしまっていることでも、絵画を見ればそのときの私が何を考えていたかわかります。

ウェイド・ガイトン「Thirteen Paintings」展の展示風景より、《Untitled》(2022)
Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris
Photo: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

中野 東京での展示はどんなものにする構想だったのですか。

ガイトン 私にとって初めて披露される作品なので、《Untitled》の13枚すべての表面をしっかり見せたほうがいいだろうと考えました。ところが展示空間の写真を送ってもらったところ、会場はガラス張りで壁面がほとんどなく、そのままでは13枚の絵画を壁に並ることは不可能だった。ならば窓面を壁代わりに用いるしかありません。天井が写った写真をよく見てみると、ライトを吊るす白いパイプがあることに気づきました。このパイプと同じもので構造体を組んで絵画を掛けられないかと相談し、窓の前面を壁代わりにして絵画を並べる展示が実現しました。

ウェイド・ガイトン「Thirteen Paintings」展の展示風景より、《Untitled》(2022)
Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris
Photo: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

中野 ガラス張りの開口部が外界と直接つながっているように見えるのが、この空間の特徴です。否応にも目に飛び込んでくる東京の街並みと作品を、どう調和させようとしましたか。

ガイドン 街の光景がよく見えることは教えてもらっていたので、それもひとつのレイヤーとして鑑賞体験に入れられたらと考えました。鑑賞者が絵画から絵画へと視線を移すあいだに街の光景が見えることで、内と外の関係性が曖昧になったり、外にあるものが内側へ入り込んでくる感覚を持てるよう工夫しました。また、展示しているうち一枚の作品画面には、ニューヨーク・マンハッタンにある私のスタジオで撮った写真が使ってあり、ダウンタウンの様子が窓越しに写り込んでいます。この空間で眺めているものが、東京の光景かマンハッタンの光景なのかわからなくなるような効果が出たら面白いですね。

 展示するときはいつも、その場にあるものや条件を柔軟に取り込んでいくことを、最大限に心がけます。もちろんいざ展示作業となれば、作品同士の間隔や動線の確保など現実的に決めなければいけないことは多いですが、それ以外はできるかぎりオープンに、場所に感応しながらつくっていきたいのです。ちなみに絵画を壁面に掛ける際は、人の目線の高さに合わせるのがセオリーですが、私は作品と身体全体で向き合ってほしいので、いつもかなり低い位置に設置するようにしています。

© LOUIS VUITTON / Akane Kiyohara

中野 脳科学・生物学の視点からすると、生物とは自身の内と外の境界を持つものと定義できます。そして生物の内側は呼吸や摂食などによって、つねに外界と物質的な出入りがある。生物は環境とインタラクティブであることによって存在します。

 展示を見ていると、作家も鑑賞者も個人という存在が街に溶け込んでいき、アノニマスになっていく感覚を覚えます。自分とは、環境との相互作用のなかで立ち上がってくる、不確かな一個の現象であるのだなと強く感じます。

© LOUIS VUITTON / Akane Kiyohara

ガイトン うれしい感想です。私は普段スタジオにひとり籠もって制作していても、街から流れ込んでくるものと密接に関わりを持ち続けていると感じているので。今回初めて訪れた日本での経験もまた、私の一部となって、次の作品に反映されるのは間違いありません。日本語が読めず話せない私にとって、日本で過ごす時間は、いきなり映画の世界へ飛び込んでしまったかのようにとらえどころのない、それでいて強烈な印象を残すものでした。東京から何を持って帰り、どんなことが自分のなかに長く留まるのかはまだわかりませんが、大きい影響は出るだろうと思っています。

ウェイド・ガイトン「Thirteen Paintings」展の展示風景より、《Untitled》(2022)
Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris
Photo: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

編集部

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