美術館とクラウドファンディングの理想の関係とは? READYFOR 文化部門・廣安ゆきみに聞く

3度目の緊急事態宣言が延長され、その範囲も拡大するなか、ミュージアムをめぐる経営状況は厳しさを増している。こうした状況下、昨年にはいくつかの美術館・博物館が運営資金を調達するプロジェクトを立ち上げ、多くの支援を得た。この経緯を踏まえ、クラウドファンディングサービス「READYFOR」で文化部門のマネージャーを務める廣安ゆきみに、コロナ禍における美術館とクラウドファンディングのあるべき姿について話を聞いた。

聞き手・文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 撮影=戸谷信博

「READYFOR」文化部門マネージャー・廣安ゆきみ

コロナ禍で変わったクラウドファンディングと美術館の関係

──ちょうど昨年の春に最初の緊急事態宣言が発令され、その影響で日本全国の美術館が閉ざされました。文化芸術分野全体でもイベントができなくなり、経済的なダメージが非常に大きな問題となりました。そこで脚光を浴びたのがクラウドファンディング(以下、CF)だと思います。そして1年が経ち、同じような状況が繰り返されようとしていますね。

 去年はとにかく「緊急支援が必要だ」ということで、スポット(単発)でいかに目の前の運営資金を集めるかが求められていました。私たちにとっても迅速にプロジェクトを立ち上げることが課題でしたね。演劇界がとにかく早くて、春〜夏頃には動き出していました。美術館はやや遅れてですが、ワタリウム美術館(これは弊社ではないですが)や山種美術館、大原美術館といったかたちで続いていった。

 そこから一度落ち着いた時期も経て、美術館のクラウドファンディングの利用の仕方はどうあるべきなのか考える時間が、美術館側にも私たち側にもあったと思います。つまり、緊急支援とは別のかたちでCFしたいという相談が美術館から多く寄せられるようになりました。これはクラウドファンディングが広まったからこその現象だと思います。

昨年末に実施された大原美術館のプロジェクト

──美術館では公立ではなく私立施設が目立ちます。公立は税金が投入されているがゆえにCFしたくともすぐには意思決定がしづらい、というケースが多いのでしょうか?

 それはあると思います。例えば動物園でもいち早くCFを立ち上げたのは株式会社が母体の施設ですし、演劇・舞台も大きな法人ではなく小規模団体のほうがスピード感がありました。そういう動きを受けて、美術館も大原美術館のような公益財団法人が母体の施設がCFに乗り出しましたね。とはいえ、公立や国立の施設でもすでにいくつか事例はあります。とくに今年に入ってからは、運営母体の公私にかかわらず問い合わせも増えています。

──そもそも美術館はこれまであまりCFの経験がない、あるいはあったとしてもプロジェクトベースのものが中心でしたよね。そういう意味では、ここ1年で美術館とCFの関係は大きく変わったと言えるのではないでしょうか。

 そうですね。新しい企画を立ち上げるためではなく、日々の運営にかかる費用(人件費や設備費、文化財の保全費など)にあてるためのCFが一般的になってきました。

 そもそも、運営費をどうやってまかなうかという意識が変わりつつあるのかもしれません。非営利団体の収益源は大きく分けると事業収入・公的資金(助成金/補助金)・寄付の3本柱ですが、多くの美術館はこのどれかに偏りがちです。例えばREADYFORでプロジェクトを立ち上げた山種美術館も大原美術館(いずれも私立)も、ベースはチケット収入(事業収入)で、コロナ禍で休館や入場制限がかかると軒並み大変な状況になっています。いっぽう、公立館はほとんど公的資金で運営されていて、自治体の予算が運営に大きな影響を与えます。収益源の3本柱のバランスが取れていればどれかが凹んだときもリカバリーしやすいですが、そうなっているところは少ない。とくに寄付は柱のひとつとしてあまり重視されていなかったと言えます。

廣安ゆきみ

──おっしゃるとおりだと思います。これまでは寄付文化がそこまで根付いているとは言えなかったと思うのですが、ただそれも変わりつつあるような気もしますよね。

 例えば何か経済的に大変なことが起こって、それがTwitterに投稿されると、最近ではリプライのなかにひとつはCFや寄付集めを勧めるTweetが見られます。それくらい市民意識のなかに広がっているのかなと。

 美術館側にしても、寄付会員を増やす必要性はずっと意識されてきていて、「いつかやらなきゃ」という状態だったんだと思います。その「いつか」が、コロナによって「いま」になった。昨年は緊急支援的なプロジェクトが多かったですが、その時の支援者と1回限りの関係ではなくいかに継続的につながっていくかが今後の課題です。

 コロナ禍がつづくなか、去年CFした施設が今年も第2弾としてプロジェクトを立ち上げる事例も増えており、こうして2回3回とCFをやっていくと、より寄付が根付いていくのかもしれません。

CFがもたらす意外な効果

──公的施設についても今後は人口減による税収減少や建物の老朽化など、様々な課題が待ち受けている。そんなときに、収益源を寄付も含めた3本柱にしていくかどうか。いまが分かれ目のような気もしますね。

 そうだと思います。最近では公的美術館・博物館の方々ともお話する機会が増えていますが、「外部資金」の獲得を自治体から迫られていると聞きます。もちろん明日何かが変わるというわけではないですが、近いうちには変わらなきゃいけない。そうなったときに、CFはどう活用できるのか。

 また公的施設にとってのCFはお金のことだけでなく、別の作用もあると思うんです。

──といいますと?

 READYFORでは、支援者の方々に応援のコメントを残してもらう機能があるのですが、それが数百人、千人単位で集まると想像してみてください。その応援コメントはいわば「市民の声」ですから、施設の存在価値を代弁してくれるものとして行政相手に役立ててもらうこともできます。これは署名に近いものですが、お金を支援している分、より重みのある署名だとも言えます。

──運営側の自信にもつながりそうですね。

 CF前に、実施する施設の方々が「どうせ自分たちなんて......」と諦めムードになっていることもあるんです。「失敗したら恥ずかしい」という気持ちもある。ですが結果を目にすると変わりますね。これまで目に見えなかった応援者がこれだけいたのか、と。自信にもつながるし、施設の中の空気が良くなってチームビルディングにも一役買ったという声をいただいたこともあります。

──そうした諦めムードの施設の背中を、廣安さんたちはどうやって押すんですか?

 現場の方々より上層部の方が慎重なケースが多いので、場合によっては理事向けの資料をつくって直接プレゼンすることもあります。施設の上層部の方々はCFに対して「お涙頂戴」的なイメージをお持ちなことがあるんですね。でもいまのCFは伏してお願いするというのではなく、寄付する側の気持ちもラフになっているし、どちらかというと仲間集めの側面が強い。そういったCFに対する世代間ギャップを埋めるのもひとつの仕事です。

──たしかにいまは寄付やサポートすることへのハードルも低くなっているムードがありますね。

 近年は、物を買うにしても「自分が応援したい企業の商品を買う」ということを意識される人が増えつつありますが、CFもそれに近くて「自分が続いてほしいと思う施設に一口」という具合に、感覚としてはショッピングとあまり変わらない気軽なものになってきているのかなと思いますね。ショッピングといっても、READYFORはリターン(返礼品)がほぼない、寄付色が強いプロジェクトが多いのですが、そんななかでも過去何百回と支援してくださっているユーザーさんもいらっしゃいます。

──CFだとリターンは必須なのかと思っていましたが、そうではないんですね。

 READYFORでは極力リターンを削ぎ落とすようにアドバイスしています。とくに美術館の運営費集めなどではリターンもあまり用意できないし、郵送の手間もばかになりません。それこそ単発のファンディングならばリターンが充実していても楽しいのですが、何度もプロジェクトをやるとなると、リターンが足かせになってしまう。先々を見据えるのであれば、リターンは極力ないほうがいいと考えています。

 READYFORでのリターン構成も、同じ金額でも、モノがついてくるコースとそうではないコースというように、2本立てにすることもあります。すると後者の方が支援数が多くなったりする。例えば大原美術館もそうでした。支援者アンケートで、リターンにお金をかけるくらいならプロジェクトに使ってください、という意見が送られてくることもしばしばです。本当に気持ちだけで、「招待券1枚もらえれば来館するきっかけになるから嬉しい」とか、そうおっしゃる支援者が多いです。

笠間市立 筑波海軍航空隊記念館のプロジェクト。リターンが簡素なコースの方が支援数が多かった

──それは寄付文化が成熟してきている証拠だとも言えますね。いっぽうで、公的機関については税金が投入されていることもあり、CFや寄付集めを疑問視する意見もあり得ると思いますが、いかがでしょうか。

 そもそも行政は文化に対する予算をもっと増やすべきだという考えには同意ですが、厳しい財政状況のなかで、どうにもならない部分もあるでしょう。そのなかで現実的な金策として、公的施設にも寄付の柱はあったほうがよいだろうと思います。自治体は首長が変わると文化予算がいきなり減るということだってありえます。そうしたとき、じつは寄付という財源は一番安定性があるんですね。また、先ほどのように寄付集めにはお金以外の意義もあります。

 もちろん、「だから公的資金は減ってもいい」ということではありません。寄付だけで運営費全体をまかなうのは至難ですし、あくまで公的資金や事業収入と抱き合わせ、多様な財源を持っていることが重要です。

 公的施設の方からは「寄付を集めると予算が減らされるかもしれない」という懸念をよく聞きますが、努力して寄付を財源のひとつの柱として育てている施設が公的資金を減らされるというのは本末転倒です。行政側もCFのような活動を頑張っている施設や団体に対しては予算を優遇するくらいのマインドシフトになってほしいと真剣に思います。

 国としても、例えば助成金の交付において、ファンドレイジングやファン集めへの注力を評価項目に加えるという手もあるのではないでしょうか。自助努力した人の補助が増えるというサイクルを、上からの評価で考えられないかということです。これは私たちも行政側に粘り強く訴えているところです。

廣安ゆきみ

──例えばいまはコロナで休館せざるえをえない施設に対しては、直接的な補償はないわけです。これは文化に対して優しい状況ではないですよね。そのなかで、やはりCFでサポートする人たちの存在は、この国の文化を支えていくうえでは不可欠です。

 SNSのハッシュタグ「#文化は生活必需品だ」もWeNeedCultureの署名も、支援者の可視化のためにやっているはずで、その延長にCFがある。お金を伴わない支援・表明の仕方も大事ですが、CFはそれらと横並びの、ひとつの意思表示でもあるというところが非常に重要だと思います。

──CFの件数自体は、コロナが始まってからやはり増えたのでしょうか。

 すごく増えています。READYFORでは、大きな金額を集めるプロジェクトも増えていて、文化分野で1000万円以上の支援を集めたプロジェクトは、2019年と比較して2020年は約3倍、支援者数も約3倍になっています。

READYFOR文化部門 主なプロジェクトと達成額(2020年〜以降、2021年5月現在)

──そのなかでも、これまでお話してきた何度もCFを実施する団体の比率はどれくらいなのでしょう。

 肌感ですが、継続を意識したプロジェクトは前と比べると圧倒的に増えています。文化施設に限らず、例えば芸術祭など毎年開催するイベントのプロジェクトなども同じように、去年につづき今年も、というかたちで増えています。最多記録だと、9年連続でCFを実施されているところもあるんです。松竹大谷図書館という、演劇と映画の専門図書館なのですが、ここは毎年300万円前後の運営費を安定して集めています。コロナに関係なく、継続的にお金を集めていくことは、公益性の高い非営利の施設にとっては今後ますます大事になってくると感じており、READYFORでも力を入れています。

継続プロジェクトの事例

文化が広く支えられる世の中に

──READYFORの文化部門が正式に立ち上がったのは2020年ということですが、これはコロナ前ですよね。

 文化部門立ち上げのきっかけは、2018年5月にアーツ千代田3331で開催した「アートとお金〜先のある資金調達を考える」というトークイベントでした。当時は私自身、ジャンルにかかわらずさまざまなプロジェクトを担当していましたが、「いつかは文化ジャンルの専任になりたい」という思いがあり、企画したイベントでした。このとき、会場に入りきらないほどの応募があり、文化関係のファンドレイジングにはみんな興味があるんだな、という実感が得られたんです。その後、地方でも「アートとお金」に関するイベントを何度か開催し、そのたび反響が大きかったこともあり、2020年に文化・芸術関係のプロジェクトを専門に扱う部署として立ち上がったという流れです。

トークイベント「アートとお金〜先のある資金調達を考える」

──では現在発足から1年ちょっとというところなんですね。そんな折にまた文化が危機的状況を迎えていますが、READYFORとしてはどのような手を打っていきたいですか? 皆さんに訴えたいことはありますか?

 コロナだから特別に何かキャンペーンをしよう、ということはいまのところあまり考えていません。むしろ、コロナをひとつのきっかけにして、文化施設・文化団体が根本的に収入源のあり方を考えていくためのお手伝いができたらと思っています。

 CFは、目標を定めて短期間で寄付を集める、いわば「ファンドレイジングの実践練習の場」です。CFを何度か実施して、寄付の集め方を掴んだあとは「友の会」制度などを新設して、自館のシステム内で自走できる可能性もある。

 とはいえ「友の会」のような制度だと、年中窓口を開いておくことになるので、つねに入会・退会などの出入りがあり、事務や広報のコストがかかることも否めません。CFだと、毎年同じ月に実施すればその期間だけ寄付集めのことを考えればよい。小規模団体で年会費的にお金を継続的に集めたいのであれば、先ほどの松竹大谷図書館さんのように毎年恒例でCFをするのも選択のひとつです。

 とはいえ、現場は人的なリソースも少ない中で、寄付集めのような新しい動きはとりづらい、というところも多いと思います。READYFORには、フルサポートプランという、CFの立ち上げのところから、二人三脚でべったりサポートをするプランがあり、多くの文化施設のプロジェクトもそのようにお手伝いをしてきました。そもそものプロジェクト内容や目標額の相談から始まり、キャッチコピーや募集ページを書いたり、リターンを考えたり、広報の作戦を立てたり……もちろんREADYFORに登録されているユーザーの方々向けの発信も行います。過去のノウハウを共有しつつ、一部作業も分担して一緒に達成に向けて走っていくかたちです。

READYFOR文化部門ウェブサイトより

 CFは手数料がかかるから、と敬遠される方もおられるかもしれませんが、READYFORのフルサポートプランではそういったサポートをすべて含んでの手数料です。文化部門が発足してから、部内で担当したプロジェクトの達成率は80パーセント以上。CF業界の平均達成率は30パーセントといわれていますが、サポートを充実させることで「挑むからには目標達成を」というのが私たちのこだわりです。はじめてCFをやるから失敗できない、内部のリソースが足りない、というところこそ安心してご相談いただけると嬉しいですね。

 どんなCFのかたちがふさわしいかは館や団体によっても様々です。できるだけ丁寧にお話を伺いながら、「やってよかった」と思える寄付の成功体験を、集める側も、寄付する側も、双方に持っていただくこと。その積み重ねの先で寄付文化が育ち、ひいては文化が「必要なもの」として民間からも公からも厚く支えられる社会になればと思っているので、その一助となれるよう、地道なサポートをこれからも大切にしていきたいです。

編集部

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