ノマドから始まる「galerie tenko presents」。中島点子がつくる、もうひとつのアート・エコロジー【5/5ページ】

恵比寿で始まる新たなスペース

──恵比寿のスペースについてお聞きします。常設スペースを構えることにした理由は?

 「常設」といっても、実際は数ヶ月限定の仮設スペースなんです。でも、私にとっては“ある意味での常設”という感覚があります。きっかけはとてもシンプルで、その建物のすぐ裏に私が住んでいて、しかもそこは私が子供の頃に育った場所でもあるんです。

恵比寿にあるgalerie tenko presentsの準常設スペース

 長いあいだ空き家になっていたのですが、昨年12月にたまたま前を通ったとき、建物の前を掃除していたおじいさんに「ここでアートプロジェクトをやらせてもらえませんか?」と声をかけてみました。彼がオーナーで、最初は「こんなボロボロな場所で本当にいいの?」と心配されましたが、私は「このままの状態で使いたいんです」とお願いし、快くOKしていただきました。

 彼は野菜屋さんを営む一般の方ですが、なぜかとても感性が豊かでアートにも理解があり、今回の展示「Hanshan and Shide」のフライヤーにも登場してもらっています。展示にもどこか、彼の存在からインスピレーションを得た要素があります。

 建物自体は将来的に取り壊される予定で、夏は暑すぎて使えず、ネズミが出るかも(笑)とも言われていて、使えるのは春と秋に限定されます。でも、個人的な思い入れが強く、私にとってはとても特別なスペースなんです。

「Merlin Carpenter: Vintage」展の展示風景

──次回の展示「Hanshan and Shide(寒山拾得)」について教えてください。

 このタイトルには、私自身のギャラリー運営にも通じる部分があります。寒山拾得という“少し風変わりで、読み解くのが難しい存在”に、自分たちの活動を重ね合わせているんです。

 今回は、建物の老朽化を逆手にとって、空間そのものを“彫刻”のように扱う展示を構想しました。最初の展示では、マーリン・カーペンターが壁にストリートアート的なペインティングを描き、それを常設として残しています。その上に、ジェイ・チュンとキュウ・タケキ・マエダの新作が“介入”するように重なっていく構成になっています。

ジェイ・チュン×キュウ・タケキ・マエダ「Jay Chung & Q Takeki Maeda: Hanshan and Shide」展(2025年6月1日〜7月5日)の様子

 今後も展示を重ねるごとに、空間自体が“積層された作品”のようになっていく予定で、最終的にはその記録を小さな書籍にまとめたいと考えています。

 マーリンは、90年代のケルン・シーンで活躍し、キッペンベルガーのアシスタントも務めていた重要なアーティストです。今回展示したドローイングは、2006年に北京で描かれた「カール・マルクスの生家の痣」シリーズで、イギリス的な皮肉とユーモアが効いていて印象的でした。

 ジェイとキュウの展示でも、それぞれの個性が空間と絡み合い、風変わりでユニークな視点をもたらしてくれると思います。

──初回のカーペンター展について、周囲の反応はいかがでしたか?

 多くの方が面白がってくれたと思います。私は、ただ「きれい」とか「優しい」だけでなく、少し挑発的で、見る人に何かを考えさせるような展示が好きなんです。今回のジェイとキュウの展示にも、そうした要素を盛り込みたいと考えています。

「Merlin Carpenter: Vintage」展の展示風景

 6月には私がアート・バーゼルのためにスイスへ行くので、そのあいだは無人展示になります。来場者は設置したキーボックスから鍵を取り、自分で扉を開けて中に入り、鑑賞して帰るという仕組みにする予定です。こうしてスペースそのものが、一種の“彫刻”あるいは“パブリック・アート”のような存在になっていくのです。

──防犯面について心配はありませんか?

 今回は大きな彫刻作品を展示し、壁にもしっかり固定する予定です。だから、仮に誰かが持ち出そうとしたら、それはもう「そこまでして持って行ったのなら、その人のものだよね(笑)」と思えるくらい、軽やかにとらえています。

──今後のプロジェクトで、楽しみにしていることがあれば教えてください。

 いまいちばん楽しみにしているのは、スイス・バーゼルで開催されるアート・バーゼル本展に参加することです。今回は、ニューヨークのギャラリー「Reena Spaulings Fine Art」のブース内に、私の“クローゼットブース”を設けていただけることになりました。長年アート・バーゼルに出展してきた同ギャラリーのスペースの一部で、日本のアーティスト・稲垣征次さんの作品を紹介します。

アート・バーゼル2025における稲垣征次の作品展示

 稲垣さんは現在83歳のゲイのアーティスト。薔薇族の専属イラストレーターとして20年以上活動しており、長年にわたりアウトサイダー・アート的なドローイングを描き続けてきた方です。これまであまり発表の機会がありませんでしたが、私は彼の作品にとても惹かれていて、ぜひ多くの人に見てほしいと思っています。

──今後のgalerie tenko presentsの展望や、日本のアートシーンに与えたい影響について教えてください。

 私の理想は、異なる世代やジャンル、価値観を持つ人たちが、自然に交わることのできる場をつくることです。アートを媒介に、立場や年齢を超えて出会い、対話できる環境を育てていきたい。そのためにも、私自身がもっと人を巻き込む努力をしていかなければと思っています。

中島点子

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