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黒塗りの映像が映し出すこの国の規制。丹羽良徳インタビュー

オーストリアのウィーンで活動する丹羽良徳が、Satoko Oe Contemporaryで個展「想像したはずの共同体」を開催中だ。東京オリンピックを日本代表選手がボイコットするというフェイクドキュメンタリーの映像作品を中心に、政治の抑圧的な機能や、権力の構造を露わにする展示となっている。今回の個展について、そして現在着目している事象や今後の活動について、丹羽に聞いた。

聞き手・構成=編集部 撮影=吉田美帆

丹羽良徳。「想像したはずの共同体」の映像作品の前で

ーー今回の個展「想像したはずの共同体」のコンセプトを教えてください。

丹羽 個展は2020年の東京オリンピック・パラリンピックと同じ日程で開催している。展示作品は映像、立体、ドローイング、写真といろいろな形態をとったけど、すべてオリンピック・パラリンピックを介して民族意識を高揚させようとする政府や企業の企てを、どうやって表面化させるかを目的にしたんだ。

ーーメインとなる映像作品はどのような構成ですか?

丹羽 映像は東京オリンピックの開会式が始まっても日本の選手が誰も入ってこなくて、選手みんながボイコットをしたことがわかることから始まる。号外新聞が配られ、みんなが大混乱し、安倍首相は「コントロールされているから大丈夫だ」と勝手なことを言う。そして、最終的に日本人の選手たちが記者会見をするという内容だね。

丹羽良徳 想像したはずの共同体 2019 copyright the artist, courtesy Satoko Oe Contemporary

ーー既存の映像を使用して制作したフェイクドキュメンタリーですね。

丹羽 映像の8割ほどは、無関係なテレビのニュースやYouTubeにアップされた映像を切り貼りしてつくった。だから、首相が会見をする場面も池田勇人首相の映像になっていたり、アナウンサーが話している内容と映像がまったく関連していなかったりする。残りの2割は自分で撮影したもので、オーストリアのオリンピックの代表選手たちに「なぜ日本人はボイコットしたのか」という架空のインタビューをしている。

 ただこの作品、日本だと映像の二次使用の制限があり、著作権的に危ういという理由で、切り貼りした映像はほぼ黒塗りにしてしまった。アメリカではフェアユースが認められているし、ヨーロッパでもアーティストによる映像の二次使用は柔軟にやれるのだけど、日本では難しいという結論に至った。だからあえて、既存の映像を使用した部分を黒塗りにしてテロップだけにすることで、制限の多い日本の状況を見せようと思ったんだ。見えないことで、視聴する側の想像を喚起することもできるしね。

 今後、アメリカやヨーロッパで上映することもあるかもしれないけど、そのときは黒塗りではないオリジナルバージョンを見られるようにする予定。同じ作品なのに、日本では8割が黒塗りのものしか見ることができないわけで、現在の日本の状況が浮かびあがるようになっている。

ーーあいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の展示の中止も連想させます。

 現地に実際に足を運んで見たわけではないので詳細に語ることはできないけれど、あの展示そのものは、様々な理由で展示されなかったものを「展示」することで、規制と表現の自由の接点を提示するものだと理解できる。権力と個人、芸術家と観客との関係を考えられる、この時代ならではの企画だと思うし、河村たかし名古屋市長の撤去要請は、完全なる表現への弾圧であり、違法であるので、断固批判する。ただ、現象を見ている限りだと、政治的なアイコンとしての少女像に議論が集中していて、意図したはずの表現行為と芸術活動が持つ根源的な危うさを深く議論するところまで至っていないのがとても残念だね。少なくとも、このような検閲が起こったことは忘れられないし、想像力が萎縮することは文化全体にとって大きな負債になると思う。

 けれどもこの件は、一般市民による過激な反応が、権力による撤去要請の影響力をはるかに上回っていて、大衆の圧力によって発表の機会が奪われた事例とも言えるよね。だから「表現の自由」だけで語るべき現象ではない。毒にもなりうる芸術活動の影響が、観客にどのように作用するかを含めて、芸術祭は今後の設計をしていくべきだと思う。

ーーもうひとつの映像作品は、2017年から続いている《自分自身、意味を理解していないことを話してもらう》の新作です。

丹羽 2013年にブエノスアイレスで行われたIOC総会で、安倍晋三首相が東京オリンピックのプレゼンテーションをしたんだけど、そのスピーチを僕が全部アルファベットにして、まったく日本語がわからないヨーロッパの人に読んでもらった。読んでいる彼女は自分では何を言っているのか全然わかっていないし、日本人じゃないのに「われわれ日本人は……」みたいなことを言っている。自分が喋っている言語と、自分が所属していると思っている日本人やオーストリア人という集合を、まずはバラバラにしてみる。そうすることで、自分たちが日本人、あるいはオーストリア人である根拠は何か、ナショナリズムとは何か、ということを考えられると思ったんだ。

丹羽良徳 自分自身、意味を理解していないことを話してもらう 2017〜

ーー今回展示されている映像はパフォーマンスの記録映像というより、映像作品としてのつくりこみを感じます。

丹羽 パフォーマンスは物が残らないから、映像で記録をしておかないといけない。だから僕も活動の当初は単なる記録として映像を撮っていたけれど、そのうち記録するだけではつまらなくなってしまって、映像でしかできないことをもっと探そうと思うようになったんだよね。今回の個展で、パフォーマンスの記録ではなくフェイクドキュメンタリーのような作品をつくったのもその流れかな。

ーー映像を撮影するカメラマンはいつも違う方が担当しているのですか?

 カメラマンは毎回違うし、いつもプロではない素人に撮ってもらっている。カメラマンも僕の作品に参加させられていることになるから、上手な映像を撮るよりも、動揺して手ブレしたり、話している人がきちんとフレームに収まっていなかったり、そういうハプニングが記録されていた方が良いと思っている。

ーー新聞へドローイングした作品《新聞をマニュフェストする》についても教えてください。

丹羽 使用したのはオーストリアの新聞で、政府のスキャンダルだったり、テロへの警戒の呼びかけ、あるいはスポーツニュースを伝えている。そこに、新聞の内容とは全然関係がない作品制作のアイデアの断片を言葉にして、赤いペンでドローイングした。書かれていることは「日本語を取り戻す」とか「騙される方が悪いに決まっている」とか「新時代の幕開け」とか、政策マニュフェストのような言葉。そういった言葉が無関係な新聞の画像を通じて、新しい展開を見せるといいなと思っている。

丹羽良徳 新聞をマニュフェストする 2019

ーー「血を焚く」という文字をつくったネオン管の作品はどのような意味を込めたのですか?

丹羽 「血」はナショナリズムや民族主義の人たちがよく口にする血筋や血縁から。「焚く」は、ナチスドイツが自分たちの思想に合わない本を発禁処分にし、それを集めて燃やす焚書から。それぞれの語をつなげて「血を焚く」という言葉をつくりだした。民族意識に彩られて血が高揚する感じもするけど、焚いているから最後には燃え尽きてなくなってしまう。そんな二重性を表現できればいいと思ったんだ。

ーーネオン管の作品は以前から継続して制作していますね。

丹羽 まず、単純にネオン管が好き(笑)。ただ、LEDの時代なので、近年は需要が少なく価格が非常に高い。昔ながらのガラスのネオン管を、小さなサイズでつくってくれる業者が全然いない。制作費がかかりすぎるから、ネオン管の作品はこれが最後かもしれないな。

丹羽良徳 血を焚く 2019

ーー写真作品も展示されています。

丹羽 ヨーロッパはトイレが有料なので、いたるところに立ち小便の跡があるんですよね。それもなぜか曲がり角に。人間も犬が縄張りをマーキングするように小便をしている。でもこれ、日本と中国の領土争いみたいな感じですよね。動物による縄張り争いを追従するように僕ら人間もマーキングをしている、そんな皮肉を提示した作品です。

丹羽良徳 無題 2019

ーー昨年はオーストリアのグラーツで《私的空間からアドルフ・ヒトラーを引き摺り出す》(2018)という作品を制作していました。

丹羽 1968年から開催されている、ヨーロッパで一番古いと言われている現代美術祭「Steirischer Herbst」とのコミッションワークだね。この作品を語るには、オーストリアの歴史がとても重要になってくる。オーストリアは1938年から45年のあいだ、ナチスドイツに併合されていて、特にグラーツはナチスにとって、もっとも重要な都市のひとつだった。そしてオーストリアという国は、ナチスに協力したことへの罪悪感がまだまだ弱い。「オーストリアは被害者だ」とか「自分たちも虐げられた人たちでした」みたいな、歯切れの悪い言いわけをずっとしていて、90年代以降にようやく公式に反省を述べるようになってきた。だからドイツと比べると20年くらい歴史の自省が遅れている。「自分たちが悪い」と言えなくて苦しんでいたとも言えるよね。

 プロジェクトはまず新聞広告を出すことから始まった。オーストリアの主要な新聞に「ナチスだったあなたのおじいさんの軍帽が、屋根裏に取り残されていて不安ではありませんか?」という内容の広告を出したんだ。ナチス時代のグラーツは、大部分の人たちがナチスに関わらざるを得なかった。だからいまでも、自分の親の形見としてナチスの制服や小物が残っていたりする。けれど、ナチスの鉤十字を家の前に飾ったりすることは違法で、二律背反する状況がある。自分の親のナチス時代の遺物が家の中にずっと残されていて、それは市民のみんながわかっていることだけど言葉にはしない、公然の秘密として存在している。

 だから「ナチスに関わるもので捨てるに捨てられないものがあれば救済しますよ」というメッセージを広告で出して、芸術祭の期間中、グラーツの中央広場に衣類回収ボックスを置き続けた。いろいろなものを捨てに回収ボックスへやってきた人たちをヴィデオドキュメントに収めつつ、回収したものは最終的に廃棄するという作品なんだ。

ーーどのようなものが回収されたのでしょう?

 本当にいろんなものが毎日捨てられていた。制服や帽子も入っていたし、本も多かった。関係ないゴミも捨てられる。電話番号も公開していたから、電話もかかってきたよ。お父さんがナチスだったことを知らず、遺品を整理してたらナチスのものが出てきて、どうしていいかわからない人とか。ナチスの物でも美術館に収蔵する歴史的な価値があるんだから捨てるのはやめてくれという人とか。あと、とにかく怒り狂っている人とかね。『ニューヨークタイムズ』や、ドイツの『デア・シュピーゲル』というヨーロッパでもっとも発行部数がある週刊誌に取材もしてもらった。それで情報が拡散されて、さらに多くの反応が集まってきた。

ーー外国人である日本人のパフォーマンスということに対しての批判はありませんでしたか?

丹羽 そこはすごく批判されたよ。向こうの人からすれば関係ない外国人がやってきて何をしてるんだという怒りもあるし。でも、ドイツ・イタリア・日本って当時は枢軸側の同盟国だったし、「その責任もあるから僕はやっているんだよ」ということは伝えたね。

ーーこのプロジェクトは今後もシリーズとして展開していくのでしょうか?

丹羽 オーストリアと日本の外交150周年に合わせて、オーストリア人と日本人によるグループ展をウィーンの「frei_raum Q21 exhibition space」で9月24日からやるけど、そこでも同じことをやろうかと考えている。グラーツのときは市の人や公安とも相談して、最終的に集めたものはすべて捨てることになったけど、ウィーンでは集めたものをどうするのか、展覧会の最後のオープンディスカッションで決めたい。廃棄なのか、博物館に寄贈するのか、あるいは別の方法があるのか、その選択を市民のディスカッションして決めようと思っている。

ーーほかに進行中のプロジェクトはありますか?

丹羽 10/5から青森県立美術館で開催される「青森 EARTH2019:うつくしい村 ―農業との交わりがひらくアートの地平」へ出展する準備をしていて、催眠術師と作品をつくろうとしている。まだ詳細は言えないけれど、僕が催眠術にかかる映像作品を予定しているよ。

ーー次回は催眠術師とのことですが、以前は霊媒師を使って《歴代町長に現町長を表敬訪問してもらう》(2016)という映像作品も制作されていましたね。

丹羽 瀬戸内国際芸術祭2016で発表した、霊媒師に直島町の歴代の町長を呼び出してもらい現町長を表敬訪問するという作品だね。僕が全国の霊媒師を訪問して出演交渉をして、歴代の町長を憑依させた霊媒師がいまの町長と会話するという(笑)。

ーーどういった思惑で制作されたのでしょう?

丹羽 あれは直島だからこそできた作品だと言えるね。直島って銅の製錬業が衰退したところにベネッセコーポレーションがやってきて、アートによって地域の再生ができた土地。だから、政治的な力関係としては、町長よりもベネッセの方が強い。当時の僕は「ベネッセさえ説得すれば、霊媒師と町長を引き合わせても絶対に文句を言わないだろう」と思った。だから、実は成り立ちからして政治的だし、いまで言うオルタナティブファクトにも似た、霊媒師が語る歴史的真実を、政治の場所である町役場で実行することができた。

ーー霊媒や催眠術などへの興味はもともとあったのでしょうか?

丹羽 何か曖昧なものに興味があるんじゃないかな。霊とか催眠術ってみんな信じないよね。みんなが信じたがらないもの、みんなが無下にするものが好きなんだと思うよ。これまでに作品で扱ってきた共産主義、ゴミ、霊媒師、催眠術のように、みんながちょっと距離を取りたがる、避けがちなものが興味の対象なんだと思う。

ーー2016年からウィーンに活躍の場を移して制作の環境はどのように変わりましたか?

丹羽 ヨーロッパは住んでいる人が市民みたいな意識があるから、外国人でも作品制作のための助成金を申請できるし、アーティストの組合に入っていれば健康保険と国民年金を肩代わりしてくれるという制度もある。4月から集合住宅の1階の店舗部分をスタジオとして借りたけど、2階から上はウィーン市が難民とか移民の人たちに住居として提供している。彼らの居住には一応期限があるらしいんだけど、いま住んでいることの権利が優先されるから、必ずしも期限までに出て行かなくてもいいという暗黙の了解がある。僕らも移民と同じように期限つきの利用という形で、すごく安くスタジオが借りられている。

ーー参議院選挙の選挙期間中に日本に帰国して今回の展覧会の準備をしていましたが日本の政治について改めて感じたことはありますか?

丹羽 政治って選挙も大事だけど、選挙だけが政治じゃない気もする。選挙結果に一喜一憂するよりも、本当はもっといろいろできることはあると思っている。選挙のときだけ政治に関心があるけれど、それ以外では何にもやらないというのはおかしいと思うんだよね。本来はずっと地続きであるべき。本当は政治に関わるって、選挙以外でもたくさんやることがある。

 東京に帰ってくると嫌な気分になることが単純に多いよ。みんな疲れていて余裕がない。スーツケース持って歩いているだけで邪魔だとか言って怒られる。エスカレーターに立って乗っていると、どいてくれって言われる。どうしようもない場所にいるなって改めて感じてしまった。そういうことに対する疑問から、政治って始まるんじゃないのかな。

ーー丹羽さんが影響を受けたアーティストを教えてください。

 叔父が手伝っていたらしいんだけど、名古屋の前衛美術集団のゼロ次元には影響を受けている。なかでも中心人物だった加藤好弘さん、昨年亡くなってしまったけどね。会うと、本当か嘘かわからないことをずっと言っている。陰陽師の家系の生まれで、霊の力もあって、家は常に戦争のスパイが集まるアジトだったとか。インドのお坊さんから夢診断の奥義を取得して、その奥義を東大の先生に教えているとか。話のディテールは毎回変わるんだけどね(笑)。加藤さんみたいなめちゃくちゃなアーティストはやっぱり尊敬する。

ーー丹羽さんは書籍も定期的に出版されていますね。

丹羽 そうだね、ずっと書いてきている。4月に出したのは『ウィーンで赤い者を追う』というショートショート集。町で見つけた人のストーリーを勝手に考えて書くというもの。ほかにも、2015年に出した『歴史上歴史的に歴史的な共産主義の歴史』なんていうのもある。これまでの共産主義を扱った作品のイメージや文字を再構成して、これまで一緒に仕事をしてきたキュレーターやアーティストの批評文を載せている。『公共性を再演する|作品の解説を23種類の言語に翻訳する』は2013年に出た本だけど、自分のそれまでの作品の解説を23言語に翻訳して載せている。国際的な言語ではない言葉で、自作が解説されることでどんな解釈や価値が生まれていくのかに興味があったんだ。

丹羽良徳『公共性を再演する|作品の解説を23種類の言語に翻訳する』(2013) 撮影=桧原勇太

ーー書籍もそうですが、丹羽さんの作品は言葉の存在がとても大きいと感じます。

丹羽 常に何かしら言葉をメモしているね。ある種、作品は言葉でしかないと思っているんだ。画家や彫刻家と違って、映像のアーティストって言葉で作品をつくっていると思う。ディテールじゃない。僕の場合、映像をつくるときはまずタイトルが決まっている。タイトルの決め方って僕のなかではとても重要な要素で、タイトルがふわっとしていると、なんでもありになってしまう。自分が作品に映るというのもあるけど、タイトルがしっかりしていれば、何をやるかがはっきりするので、無駄な演技性も排除できる。

ーーやりたいことが決まると同時に言葉が出てくるのでしょうか?

丹羽 たいていの場合は、そうならざるを得ない。そうやって言葉にしないと、頭の中ではっきりイメージできないからね。イメージできない限り、作品はできないと思っている。いろいろと試しながらつくりました、という作品は実はない。ある程度の道筋が見えなきゃ、自分が何をやっているのかわからなくなるし、大切なのは、自分で言葉にしたことを自分でやるということ。自己暗示を自分でかけているようなもので、催眠にかかったような状態じゃないと不安でしょうがない。

 それと、言葉についてはヨーロッパに行ってから、より意識するようになったかもね。日本で言葉だけの作品って少ない気がするけど、ヨーロッパでは言葉を重要視するアーティストも多いから、影響を受けたりもしている。

 今回の展覧会名も当初は「東京オリンピックで日本人選手全員がボイコットする」だったけれど、メインの映像作品の7割が黒塗りになってしまった。だから、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』を引用した「想像したはずの共同体」という名前にして、日本という想像の共同体によって規制されてしまったイメージを強く打ち出した。

 考えてみれば、ネオンで文字をつくっているし、ドローイングも全部文字になっている。文字がやっぱり強いと思っているし、そこに興味があるんだと思う。文字は誰でも使えるものだけど、誰のものでもない。そこに可能性を感じているよ。

ギャラリーでの丹羽良徳

編集部

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