ひとりの男と、青いニット帽を被ったベニヤの立体物が連れ立ってドライブし、アイスクリームを食べ、煙草を吸う。こうした映像や立体物からなる作品、井出賢嗣の作品《なみだくん》がなぞるのは、井出が築いてきた友人関係のスタイルだ。「大きな川の上を電車が越えていく。その瞬間、窓の外に流れる川を見た人がふいに昔を思い出し、別の人は今日の予定を考え、目線や体の動きなど、各々の所作を見せる。自分にとっての作品制作もこれ同じことで、経験や見てきたことに対する反応のひとつなんです」。井出はこれまで、作品を通して自分史を描いてきたという。
愛知県のSee Saw gallery + hibitにて1月13日から3月3日まで開催された個展では、「テニス」を主題に、ベニヤ板の立体やスケッチ、映像を組み合わせた作品を展開。学生時代からテニスに親しんできたという作家にとって、この展示も自分史の一端だ。なぜ自分史か。そこには、1990年代の井出の体験がひもづいている。「例えばラリー・クラークの写真。10代でラリーの作品を見たときに、自分のなかで“すげー”って、肉薄するものを感じた。どこまで自分のものとして、あるいは人生のように感じられるかというのがリアリティなのだと、作品をもって知りました」。芸術の原体験がリアリティとの遭遇だったという作家にとって、自分の経験や現在こそがリアリティであり、井出はしばしばベニヤを用いた作品でそれを表してきた。「ベニヤはリアリティを示すのには適切じゃないかもしれないけど、ベニヤで自分を語る人がいてもいいんじゃないかって客観的に面白がっています。リアリティを希求しながらも、遠回りしたい自分。そこが交わっているのも含めて、自分であり自分史なのかもしれないです」。
(『美術手帖』2018年3月号「ART NAVI」より)