モード・ルイスは、美術教育を受けることなく、独学で絵を描き続けた素朴派の画家の一人。幼い頃から重いリウマチを患いながら、カナダの港町で夫とともに小さな家で創作を続けた画家だ。今年3月に公開される映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』はこの夫婦の愛の物語であるとともに、その創作に迫るものとなっている。
カナダ大使館では映画公開に関連し、2月1日から展覧会もスタート。劇中で実際に使用された小道具のほか、モードを演じたサリー・ホーキンスが描いた絵画が展示。サリーはもともと両親が絵本作家という家庭に育ったが、本作のために、素朴派画家の絵画クラスに数ヶ月間通ったという。会場ではこのほか、モードが実際に絵を描いたクッキー缶がノバスコシア美術館から来日。日本ではなかなか目にすることがない、実物を見ることができる機会となっている。
今回、監督のアシュリング・ウォルシュが映画公開を前に来日。制作の舞台裏について話を聞いた。
――そもそも、なぜモード・ルイスを題材にしようと思ったのでしょうか?
プロデューサーからたまたま脚本をもらった当日の夜に、読む時間をつくることができました。読み始めて10ページで監督を引き受けることを決め、読み終える頃にはサリー・ホーキンスの名前をメモしていたんです。アーティストの映画をつくりたいとずっと思っていましたが、10年前だったら受けてなかったかもしれません。脚本を読むタイミングで受け取り方も変わりますが、女性のアーティストの話はずっと撮りたかった。小さな地域で、小さなスペースで起こる物語ということにも興味を持ちました。脚本を読んですぐにネット検索して、実際の彼女の写真をみて、映画がすぐに頭に浮かびました。
――モードのどのような点を描きたいと感じたのでしょう?
モードは若年性関節リウマチを患い、年をとってからさらに身体が不自由になった。学校でもイジメにあい、母親がホームスクールに切り替えたそうです。絵を教えたのも母親でした。夢中になれることが彼女には必要だったんですね。私はそんな彼女の見ていた世界、興味のあった世界を、彼女がどのようにして絵に落とし込むのかを映画で描きたかった。生涯を30マイル以内の範囲で行動し、他のアーティストの作品に直接触れる機会などなかった(雑誌などでは見ていたかもしれませんが)彼女が、どのように作品をつくるのかに興味がありました。フォークアートは生活のために描いている人も多いですが、彼女は自発的に毎日描き続けた。モードの作品はユーモアにあふれています。雪と桜とチューリップが一つの作品の中で一緒に存在したり。生活は貧しかったけれどモードはこうゆうふうに豊かに世界を見たのだと思います。
――本作は美術セットがとくに印象的です。展覧会でも小道具が展示されていますが、どれも本当にモードが描いたのではないかと思うほど精緻につくられていて驚きます。製作のなかででもっとも苦労した点はどんなことですか?
彼女の絵はシンプルに見えて、実はとても複雑なんです。撮影するにあたり50〜60点ほど複製を作成しましたが、とても複雑で大変でした。
また彼女の家こそがモード・ルイスにとってのもっとも偉大な作品ではないかと思っています。映画の企画を温めていたとき、スタジオ内のセットで撮影することも考えられていたけれど、私はロケーションで撮影したかったんです。だから実物と同じ家を外に建てました。撮影は寒さや天気で左右されるし、4平米しかないので狭くて大変でしたが、それはとても意味がありました。自然光で撮影できたし、俳優はドアから外にすぐ出れるし、窓から実際の風景を覗き見ることができる。役者を含めて5人ぐらいしか中に入れないことも、逆に親密に撮影できました。ロケーションで映画の良い雰囲気がつくれたと思います。
――最後に、「ここを見てほしい」というポイントがあれば教えてください。
普遍的な物語で、どこの国の方でも共感できると思います。意外なところで愛を見つけたり、クリエイティブな発想を生んだり、苦しみを味わったり。またこれは夫婦の肖像です。2人のキャラクターは素晴らしい。この作品をきっかけにモード夫妻を知り、彼女の作品の人気も高まりました。40年の夫婦の軌跡とともに、カナダの広大な風景なども魅力です。アーティストとして表現すること、そして生きる喜びを見出せる作品になっているかと思います。