偶然を集め写し取る、記憶の一端に触れる光景たち
ファインダーはのぞかず、なにげない風景や人々の姿を、正方形の画面に切り取る。第42回木村伊兵衛写真賞を受賞したのは、スナップショットを撮り続けてきた原美樹子だ。
「写っている人やものは確かに存在するけれど、固有名詞の『誰か』や『何か』として撮っているわけではないんです。見る人の記憶と呼応して、フレームの外や余白に何かが立ち現れれば」。撮りたいイメージを求めたりつくり出すのではなく「『そこにある世界』を写し取りたい」と話す。
大学卒業後に就職した会社を2年で退職し、写真の専門学校に入学。初めての課題がストリートスナップだった。試行錯誤を経て、初個展を開催した1996年以降、一貫して同じスタイルで制作を続けてきた。自らの表現方法は愛用するドイツのクラシックカメラ「イコンタ」によってつくられてきたものでもあると言い、作品を「カメラにゆだねている」と表現する。
受賞作の『Change』には96年から2009年までの作品が収録されている。被写体にこだわりはなく「写真は組み合わせによって、また別の見え方になる」ことに面白さを感じると話す。
「写真を撮ることは、子育てのような人生の営みに比べたら、とても不確かに思えます。特定のテーマを追い求めて制作するタイプではないし、器用でもないので、発展はあまりありませんが、現像してみると説明できない驚きや発見があって……」と語る原は、3人の息子の母親でもある。撮影に集中できる時間は限られているが、つねにカメラを持ち歩いてきた。
サポートしてくれた夫が16年にこの世を去り、制作を続ける自信を失いかけたなかでの受賞だった。目標はあえて持たないが、「このスタイルで、まだできることがあるように感じています」と静かに語った。
(『美術手帖』2017年6月号「INFORMATION」より)