「希釈化論」と日米の判断の分かれ目
福井 もうひとつの例外は、学習が「権利者の利益を不当に侵害する場合」です。ではいったいなにが「不当」に当たるのか。この点が激しい論争となっています。
AIは特定のアーティストの全作品を短時間で学習し、同じ作風の作品を1日に数万点も生成できます。それは一見アイデアしか真似ていないようですが、人間が先人の作風を真似る場合とは規模が違い、同じ作風の作品が市場にあふれれば、オリジナルの価値が埋もれてしまう。これを「希釈化論」と呼びます。私は文化庁の審議会で、それはもとのクリエイターの利益を不当に害する可能性があると指摘しましたが、最終的に文化庁は「作風が似ているだけの出力はOKである以上、そのための学習もOK」という整理をいったん行いました。
しかし、米国では変化が起きています。その後の2024年、米国著作権局は「市場でオリジナルが埋もれるような作風模倣のための学習は著作権侵害の可能性が高まる」という報告書を出し、連邦地方裁判所もMeta(メタ)を被告とする裁判で同様の判断を示しました。現在は判決が割れている状態ですが、この「希釈化」をめぐる議論こそが、まさに現在の焦点であり、グレーゾーンといえます。
マーケットこそがルールを変える
──こうしたグレーゾーンは、今後解消されていくのでしょうか。
福井 事例が積み重なれば解消へ向かうでしょう。しかし、判決のような「法」の議論は、どうしても現実の技術のスピードに比べれば遅れがちです。法律があまり社会の先回りをするのは危険ですから、それで良いともいえる。この点、時に法や政治よりもスピードがあり、大きな力を持つのはマーケット(市場)とアーキテクチャ(技術)です。SNSの規約に話を戻しましょう。
例えばSNSでの投稿をAIによって学習や改変されたくないなら、ユーザーは「学習や改変を許すか許さないか、各投稿者が選べる仕様にしてくれ。そういう規約と設計でないなら使わない」と声を上げる。こうしたユーザー多数の声が、プラットフォームにとってもっとも強い抑止力になります。実際、XのGrokも強い批判を受けて一部軌道修正を余儀なくされました(*1)。
クリエイターやコンテンツ業界に伝えたいのは、「契約を自分ごととして考える」です。契約や規約は、これからのクリエイターの「生存ツール」です。メディアも規約の要点を整理して発信し、ユーザーが「おかしい」と思ったことには当事者として声を上げていく。そうしなければ、ルールはどんどん手の届かない場所へいってしまいます。
──SNSの規約でいうと、具体的にどの項目をチェックすべきでしょうか。
福井 まずは「コンテンツの利用権」に関する条文です。よくあるのが、「投稿コンテンツは、ユーザーに著作権がある」と書きつつ、その後に「ただしプラットフォーム側が自由に利用できる」という一文が隠れているかたちです。さらに、ユーザーが投稿を削除した際に、プラットフォーム側の利用権も消滅するのか、あるいは残り続けるのかはSNSによって異なります。
次に、「アカウントの停止・削除」や「裁判管轄」です。たいていの規約ではプラットフォームは、ユーザーのアカウントやコンテンツを自由に削除・停止できます。最近もYouTubeのアカウント削除が話題ですが、プラットフォーム側のポリシー変更で、長年積み上げたビュー数やフォロワーが一瞬で消えるリスクを理解しているかどうか。また、Xのように、トラブルの際は米国の法律に従って現地の裁判所で裁判、といった規定があることも知っておくべきです。



















