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ニコライ・バーグマンと見る、「花」の絵画の魅力。特別展「花・flower・華 2026」(山種美術館)

デンマーク出身のフラワーアーティスト、ニコライ・バーグマン。ヨーロッパのフラワーデザインスタイルを礎に、日本の繊細さを融合させた独自のスタイルは、国内外で評価されている。近年は、花を素材にしたアートワークも精力的に発表している。そんなニコライ・バーグマンが訪れたのは、様々な花の名画を収蔵する山種美術館。現在開催中の展覧会、「花・flower・華 2026」を山崎妙子館長とともに鑑賞した。

聞き手・文=浦島茂世 撮影=稲葉真

ニコライ 美術館はよく行きます。展覧会だけでなく展示施設の建築や環境、空間構成も非常に興味があります。また、自分も展覧会を開くことがあるので、「キャプションをつくるの大変だったんだろうな」というように、作品以外のところにも目が行ってしまいます(笑)。山種美術館は、今回初めてうかがいました。とても落ち着いた空間ですね。

山崎 当館は、今年で創立60周年を迎える日本画専門の美術館です。2009年から現在の場所に移転したのですが、そのときにライティングや展示ケースなど細部までつくり込みました。今回の展覧会「花・flower・華 2026」は、季節ごとに多彩な表情をみせる花をテーマにした展覧会です。

ニコライ ほとんど山種美術館の所蔵する花の絵だけで展覧会をつくれてしまうのがすごい!

山崎 当館は約1800点の作品を収蔵しているのですが、そのなかでも花の絵が多くの割合を占めています。春には花の絵を見たいという方が多いので、「桜」をテーマにした展覧会と、「花」をテーマにした展覧会を1年おきに行っています。今年は、春夏秋冬の順に花を並べて、日本の四季を体感いただける構成です。さっそくご案内します。

天然の色を使って描く花の美

山崎 展覧会の冒頭を飾るのは川端龍子《花の袖》(1936)です。イチハツ(一八)というアヤメ科、アイリスの一種を描いています。川端龍子はもともと油絵をやっていて、そこから日本画に転向した画家なので、とてもデッサン力があり、この花も立体的に描いていますね。

ニコライ 色が美しいですね。この白い色がボリュームたっぷり。

川端龍子《花の袖》(1936)を鑑賞する2人

山崎 白い色は胡粉によるもの。胡粉は牡蠣などの貝殻を10年以上かけて風化させてから白い部分を粉にしています。

ニコライ 日本画には欧米の絵具は使わないんですね。

山崎 日本画は「岩絵具」という鉱石などを粉末にした絵具や主に天然素材からつくられた絵具を、膠(にかわ)という、動物の皮などからつくられるゼラチン質の接着剤で溶いて使用します。

ニコライ 自然由来のものを使っているんですね。この緑色も美しい。

山崎 これはマラカイト(孔雀石)という鉱物からつくられた岩絵具の緑色だと思います。龍子は花鳥画を描くときにはとくに「彩色の綺麗さ」を意識したと語っています。

ニコライ 油絵にはない色と質感ですね。日本にはアイリスの仲間の花がたくさんあり、それぞれに名前がつけられている、そのバリエーションがおもしろいと思います。

山崎 この《春光春衣》(1917)という作品では、十二単をまとった2人の女性が桜を眺めていますね。松岡映丘は「最後のやまと絵師」とも呼ばれている画家です。やまと絵とは、平安時代以降に発達した日本独自の絵画様式です。中国由来の唐絵に対して、やまと絵と呼ばれました。明治以降、様々な価値観が日本に入ってきて、やまと絵は下火になってしまうのですが、松岡映丘は平安・鎌倉の絵巻物などを研究し、やまと絵の再興に努めました。

松岡映丘 春光春衣 1917

ニコライ 古典の復興を目指しているのに、非常に洗練されていてモダンに感じます。100年以上前の絵とは思えない。金箔のアクセントも華やかですばらしい。

山崎 当館には花の絵のなかでも、とくに桜の絵が多いんです。横山大観の《春朝》(1939頃)は、朝日に輝く山桜が描かれています。彼は数ある桜のなかでも山桜を日本の象徴として好んで描きました。

横山大観 春朝 1939頃

ニコライ 私は箱根にアトリエがあるのですが、アトリエ周辺には山桜がたくさんあります。山桜は近くで見ても綺麗ですが、遠くから見るといっそう美しさが際立つんですよね。よく、「日本で花を仕事にすること」について尋ねられるのですが、日本人は桜の季節に本当にワクワクしていると昔から感じています。この熱量の高さは、家族や友人たちとの良い思い出と結びついているからではないでしょうか。もちろん、デンマークでも自然を愛でたり、春の訪れを祝ったりもします。でもそれ以上に日本の人たちは花、とくに桜に対して愛が深いと感じます。

日本ならではの色彩の取り合わせ

山崎 ここからは初夏のセクションです。速水御舟は私が一番好きな画家です。墨をわざとにじませて濃淡をだすことで「花王」と称される牡丹の花のふっくらとした花弁を表現しています。

速水御舟 牡丹花(墨牡丹) 1934

ニコライ これも非常に洗練されていますね。花をX線にかけたかのような雰囲気も感じる。とても現代的ですよね。とはいうものの、この作品もまた100年近く前の作品。自分も作品を制作するのですが、とても刺激になります。

山崎 当館は若手作家を奨励する公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード」を定期的に開催しています。この《唯》という作品は2016年に優秀賞だったもの。長谷川雅也が40代初めに紫陽花を描いた作品です。いま注目されている画家のひとりです。小林古径の《白華小禽》は泰山木(タイサンボク)の枝に瑠璃鳥が止まっている一瞬を描いています。

長谷川雅也 唯 2016
小林古径 白華小禽 1935

ニコライ 紫陽花は私の好きな花のひとつです。《唯》はドリーミーな感じでいいですね。そして、この泰山木(タイサンボク)の絵もいい。泰山木の葉は裏側がマットでベルベットのように起毛しているんです。この絵も葉の裏側をあえて描いている。泰山木はとても大きい花で、咲いた後はそのままポトリと落ちるんです、それがすごくかっこいい。

山崎 本物の花に慣れ親しんでいる方にお話を聞くと、絵を見るのがさらに楽しくなりますね。次は今回の展覧会のメインとなる作品のひとつ。先ほどみた《花の袖》と同じ川端龍子の作品です。この作品は終戦間際の1945年の春、展覧会で発表されました。当時、多くの画家たちが展覧会を自粛していたのですが、川端龍子はずっと展覧会を続け、大作を発表し続けていました。

川端龍子 八ツ橋 1945

ニコライ 反骨心がある方だったんですね、そして画面が大きいし華やか! 日本は色と色の組み合わせがとてもおもしろいと感じます。花のアレンジメントも色の組み合わせが無限にあるからまったく飽きません。淡いグリーン、淡いピンクに、突然濃い紫を組み合わせる、みたいなコントラストのつけかたが画家によって異なっていますし、新しい発見がとても多いです。

山崎 たしかに、色彩感覚は画家によって大きく異なりますよね。

ニコライ 私は来日当初、古い着物の生地を買い集めていました。そのとき一番驚いたのが、ダークグリーンなどの濃い色が祝いの色として使われていたこと。そこから、日本の色彩について学び始めました。大切な制作の源泉です。

山崎 ニコライさんもご自身で作品をつくっていらっしゃるそうですが、どのように制作をされるんですか?

ニコライ 自分の「モード」によってスタイルが変わります。家で花を飾るとき、つまりリラックスしているときは、花を「自然のもの」として扱います。旬の花を自然なかたちで花瓶に活け、枯れるまで楽しみます。

山崎 枯れるまで?

ニコライ そう、枯れるまで。葉っぱや花の色が茶色くなってきてもそのまま、ずっと朽ちていくまで飾ります。花と最後まで付き合うようにしています。妻はとても嫌がるんですが、枯れて、花弁が落ちてしまうところまで見ていたいんです。対して、クリエイティブなモードのときは花を「素材」として使います。時には花弁を真ん中で切ったり、縦半分に割るなどして使うこともあり、花を材料として使います。ブラシではなく花や茎を筆のようにして絵を描くこともありますよ。

山崎 ニコライさんが花を使って描いた絵もぜひ拝見してみたいです。

山崎 こちらも速水御舟。この作品は、近年修復を行ったのですが、その際の科学調査で紫色の花弁の部分に西洋の顔料のコバルトが使用されていることが判明しました。岩絵具には紫色がないんです。御舟は自分の描きたい色を出すために、ヨーロッパ製の絵具を選んで使ったようですね。

速水御舟 和蘭陀菊図 1931

ニコライ アスター(蝦夷菊)は、昔はオランダの菊と呼ばれていたのですね。オランダにはいまもヨーロッパ最大の花市場があります。

山崎 花の流通などもヨーロッパと日本では異なるのですか?

ニコライ やはり大きく違いますね。日本は小規模な花農家が多く、同じ花でも農家によって栽培する品種は様々です。そして、ビジネスの前に「花が好き」な方が多い。

 いっぽうでヨーロッパの花は産業に近いです。オランダはかつて花の栽培も盛んでしたが、現在はケニアの大規模農場で栽培された花が輸入されて市場に入ってきています。「明日バラを10万本」という注文も即座に対応できる会社もあります。ただ、日本のバラエティ豊かな花を見てしまうと、若干個性に欠けるように思います。

山崎 日本の花市場にも行かれるんですか?

ニコライ 週に1度は行くようにしています。自分がよく行く大田市場はあまりにも広いので、できるだけ短時間、1時間くらいの滞在と決めて、インスピレーションで花を購入するようにしています。

ニコライ この蠟梅は非常に美しいですね。

山種 この作品は「Seed 山種美術館 日本画アワード」で2024年に優秀賞だったもの。作家の重政周平は1987年生まれで、これからの活躍が期待されています。

ニコライ 本来なら黄色い蠟梅を青色にしているんですよね。とても神秘的だと思います。とても静かで、ずっと見ていたくなる、心惹かれる絵です。

重政周平 素心蠟梅 2023

山崎 春夏秋冬をめぐり、最後を締めくくるのがこちらの作品、荒木十畝の《四季花鳥図》(1917)です。縦幅が183.5センチもあります。当館を建設する際に、この作品をきちんと鑑賞できるように展示ケースを設計しました。右から左に春夏秋冬を展開しています。

荒木十畝 四季花鳥図 1917

ニコライ 木蓮、楓、梅、美しい。鳥もかわいらしい。夏の場面に描かれているあの青い花はなんですか?

山崎 桐の花です。桐はよく家具に使われる木ですね。この花を描くのに使われているのは、フェルメールが使っていたラピスラズリと同じ青の天然絵具であるアズライト(藍銅鉱)と思われます。とても深みのある青色です。岩絵具は同じ材料を使っていても粒子の粗さで色が変わってきます。粒子が細かくなるほど、明るく・白っぽくなります。粒子が粗い岩絵具を厚塗りしていくと、表面が乱反射して、絵に近づくとキラキラとして見えます。

ニコライ こんな花が咲くんですね、萱草(カンゾウ)のオレンジと桐のブルーとの取り合わせがいい。今回の展覧会は、新しい発見もあるし、色彩がとても楽しいですね。今日は本当に楽しかったです、ちょっと時間が足りないかもしれません。

山崎 花は身近にあるものですが、画家たちが真剣に花と向き合って描いた作品を通して改めて花への見方が変わってきます。難しい解説文を読まなくても、「どの絵だったら持って帰りたい?」と考えながら見ると楽しめると思います。

ニコライ 持って帰れるんだったら、やっぱり重政周平さんの《素心蠟梅》がいいですね。普段から花を扱っている私も、とてもワクワクしました。岩絵具の粒子の粗さ、細かさであったり、配色であったり、細かいニュアンスも見ていて楽しい。またきちんと、日を改めてうかがいたいです。

編集部