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美術館化する「メガギャラリー」。
その最新動向を探る

アートマーケットの中で、大きな力を持つ通称「メガギャラリー」たち。彼らの動向は注目を集め、アートビジネスのあり方にも影響を及ぼす。アートマーケットに関するレポートと合わせながら、メガギャラリーの最新動向を探ってみたい。

文=國上直子

ニューヨーク・チェルシーに建設中の「ペース」の新しいギャラリービル Architectural rendering of the southeast façade of 540 West 25th Street, New York. Courtesy of Bonetti / Kozerski Architecture.

中国マーケットへの進出

 先日発表された「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2019」のなかで、国別マーケットシェアと、過去11年間の変移が発表されたが、中国マーケットの地盤の固さが印象に残る。ここ数年、イギリスと2位争いが続いているが、中国の勢いが衰える兆しはいまのところ見えない。

出典=「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2019」

 90年に日本でバブル崩壊が起こって以降、アート業界はアジア市場に対して慎重なアプローチを取ってきた。しかし中国マーケットの堅実さが、誰の目にも明らかになってきた近年、メガギャラリーたちは相次いで中国に出店をしている。

中国内に複数拠点を持つギャラリーもいる

 ペース、デイヴィット・ツヴィルナー、ペロタンなどは、ウェブサイトの中国語版も用意しており、中国マーケットへの取り組みの真剣度がうかがえる。

3月22日に上海にオープンするリッソン・ギャラリー
Exterior view, Lisson Gallery Shanghai, 2019. Courtesy Lisson Gallery

巨大化するギャラリー施設

 メガギャラリーが、国内外に複数拠点を持つことはすでに珍しくなくなったが、昨年12月にアートニュースサイト「artnet」が発表したメガギャラリーの総面積ランキングを見ると、彼らの施設の規模の大きさがよくわかる。

「artnet」が選んだのは、「メガ」、「ハイ・エンド」と呼ばれる14のギャラリー。各拠点の展示スペース・オフィス・ストレージを合わせた総面積ランキング 参照=artnet

 1位のガゴジアンは、東京ドームの約35パーセントに相当するスペースを持ち、他を大きく引き離しているが、注目したいのが2位のペースだ。ペースは現在ニューヨーク・チェルシーに新たな旗艦店を建設中。今年9月にオープンする8階建てのこの施設は、面積およそ7000平米で、完成すればガゴジアンに肩を並べることになる。

新「ペース」の完成予想図(7階部分)
Architectural rendering of the seventh floor gallery of 540 West 25th Street, New York.
Courtesy of Bonetti / Kozerski Architecture.

 新しいビルには屋内外ギャラリーに加え、特別スペースも設置され、最新のメディア・アートやパフォーマンス・アート、一般向けプログラムなど様々な用途に使われる予定。1万冊の蔵書を備えたリサーチ用ライブラリも設置され、一般に開放される(予約制)。プランを聞く限り、美術館を彷彿とさせる構成だ。

 デイヴィッド・ツヴィルナーも、新しいビルをチェルシーに建設中で、こちらは来年秋のオープン予定。デザインは、新ホイットニー美術館も手がけた、レンゾ・ピアノが担当する。5000万ドル(約55億円)を費やし建てられるビルは5階建てで、4600平米の展示スペースと、オフィス、ストレージを含むという。

 オーナーのツヴィルナーは、ニューヨークタイムズ紙のインタビューで、コマーシャル・ギャラリーをデザインするのは初めてになるピアノに対して「(美術館ではないので)コートチェックや、チケット売り場、大きなロビーは要らないと念を押している」と語っている。これはあながち冗談ではないかも知れない。

美術館レベルの企画展

 メガギャラリーの美術館化は、展示の面でも進んでいる。近年、ベテランキュレーターや美術史家が手がける企画展示を開くことが、ひとつの潮流として見られる。

 2015年にニューヨークのガゴジアンで開かれた「In the Studio」という展覧会は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で絵画・彫刻部門の主任キュレーターを務めたジョン・エルダーフィールドと、写真部門の主任キュレーターを務めたピーター・ガラッシの手によるもの。

 「アート・スタジオ」がテーマのこの展示は、パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、ロイ・リキテンスタインなどを始めとする貴重な作品を数多く集め、とても見ごたえのある内容となり、非常に高い評価を受けた。

 「In the Studio」はエルダーフィールドがMoMA時代に温めていたものの実現できなかった展覧会。MoMAを退いた後、12年になってガゴジアンからキュレーションの打診があり、実を結ぶことになった。

 業界内での厚い信頼や幅広い人脈が強力な武器となり、有名美術館のキュレーター経験者たちが作品貸し出し依頼をすると、ギャラリー単体の力では難しいようなハイクオリティの作品が集まるという。ギャラリーは、借り受けた作品の販売を主たる目的にはしていないが、美術館レベルの展示を行い、ギャラリーとして評判を上げることで、後のビジネス構築に役立ってくる。

 現在、ガゴジアンの他にも、デイヴィッド・ツヴィルナー、ハウザー&ワースを始めとする、他のギャラリーたちも、この潮流に乗っている。コンテンツを抱えているキュレーターと、スペースと予算に余裕があり常に企画が必要なギャラリーとの間の需要と供給が合致するのも、この流れを後押ししている一因だ。

教育コンテンツの拡充

 一昔前まで、ギャラリーのウェブサイトには、住所や開催中の展示など限られた情報しか載っていないことが多かったが、最近のメガギャラリーのサイトは、情報にあふれかえっている。

 以前の記事でも触れたが、デイヴィッド・ツヴィルナーはポッドキャストを配信、ガゴジアンは雑誌『Quarterly』を刊行し、ウェブサイト上で「取扱作家の周知活動」を行っている。『Quarterly』には、キュレーターや美術史家が寄稿した記事が多く、こちらでも内容の濃いコンテンツを提供することで、「ステータス向上」を試みるギャラリーの姿が見られる。

イギリス・サマセットにあるハウザー&ワースにおける学生向けのプラグラムの様子 Courtesy Hauser & Wirth

 ハウザー&ワースは、教育プログラムに力を入れており、講演会、上映会の開催や、家族向けイベントの企画を行っている。さらに14年より、学生向けにギャラリートークも提供しており、学校のリクエストに応じて内容をカスタマイズするほどの力の入れようだ。すでに1万9000人以上の学生がこのプログラムに参加したという。

ブルーチップ・アーティストの獲得競争

 メガギャラリーが美術館化すると、どのようなメリットがあるのだろうか。昨年度版になるが「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2018」の中に、「もっとも展示されたアーティストTOP20」の統計がある。このランキングにいるアーティストが、どのメガギャラリーの取扱作家なのかを見てみると興味深い。

2017年度に個展・グループ展で展示された回数の多い上位20アーティストとその主な取り扱いギャラリー(ここに登場しないギャラリーが取り扱うアーティストもいる) 
「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2018」参照

 このリストに登場するようなアーティストを始めとする「ブルーチップ・アーティスト」を取り扱うことは、ギャラリーにとって大きなビジネスとなる。ギャラリーが、アーティストやアーティストの作品を管理するエステート・財団などと契約を交わすには、まず彼らの信頼を得なければいけない。その際、アーティスト側がもっとも気にするのは、「納得のいく見せ方・売り方をしてくれるのか」ということであろう。

 これまでに触れたような、美術館レベルの施設・企画展・教育的コンテンツなどは、その際アーティストを説得する重要な材料となる。そして海外マーケットへのアクセスを持っていることも、大事な条件となる。

 メガギャラリーは「美術館化」することにより、ギャラリーの正統性を印象付け、その存在感をアピールし、さらなるビジネス獲得につなげていく。「右に倣え」の傾向が強いアート業界だが、「美術館化」は資金力があってこそ実現できるもの。メガギャラリーと中小ギャラリーの力の差は、これからますます広がっていくいっぽうである。ギャラリーの二極化は、今後アートビジネスにどのような影響を及ぼしていくのだろうか。これからの展開に注視していきたい。

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