ドリス・ヴァン・ノッテン、 その崇高でリアルな美の創造
エスニック、フォークロア、きらびやかに色彩を操る布の魔術師――1985年にベルギーのアントワープにメゾンを立ち上げ、その後“アントワープの6人”のひとりとしてモード界を席巻したドリス・ヴァン・ノッテン(1958~)がつくり出す服を、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。ゴールド、艶やかな花柄、職人技の刺繍など華やかさを絵に描いたような作品とは対照的な、短く整えた髪、濃紺のセーター、首元に見える白いシャツ、コットンパンツに白いスニーカー。ショーの終わりにさっそうと登場する、洗練と誠実さを体現するかのようなデザイナーの素顔は、意外にも知られていない。
いまから11年前、国立新美術館が開館した年に筆者が担当した展覧会「スキン+ボーンズ――1980年代以降の建築とファッション」においても、ドリスは重要な作家だった(1997/98秋冬レディース・コレクションから3点展示)。前衛的なコンセプトを声高に主張する作品が多いなか、ドリスの作品は、華麗かつ凛としたたたずまいで、ひときわ異彩を放っていた。
ここ数年、『ディオールと私』(2014)や『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』(2017)など、ファッションに関するドキュメンタリー映画が多く製作されている。祖父の代から服飾に囲まれて育ったドリスの日常を、その心のひだまで優しく緻密にとらえた本作は、美しい色彩や影と光沢感に包まれ、まるで北方ルネサンス絵画のようだ。仕事と私生活、都会のアトリエと美しい花が咲く自邸のあるリンゲンホフ、伝統と革新、美と醜――様々な対比を軸にドリスの美学が映し出される。愛犬やパートナーとの生活を、愛しむようなまなざしで見つめる本作を見ているうちに、鑑賞者はいつの間にかドリスとなり、創作の苦悩と喜びを等身大で体感するだろう。ドリスの服をまとったときの高揚感――花や植物が身体を覆い、自らがアートの主役と化す感覚。それがオートクチュールではなく、日常的なリアル・クローズであることに驚く瞬間とも相まって新鮮だ。陽光の中、きらめく緑と色鮮やかな花――美はここにある。
(『美術手帖』2018年1月号「INFORMATION」より)