プラハの春、ベトナム戦争に対する反戦運動、パリの五月革命、東京大学や日本大学をはじめとする全国の大学で学生運動が激化し、世界各国で体制への異議申し立てが巻き起こった1968年——。
メディア歴史学者フレッド・ターナーは、著書『カウンターカルチャーからサイバーカルチャーへ』(2006年)の中で、スチュワート・ブランドらが60年代に提起した知へのアクセスを要求するカウンターカルチャーの反響が、ウェブを大衆化し、シリコンバレーが生み出した商品や社会の情報化に与えた影響を分析している。いかなる未来像を目指して進んでいくべきなのか? その社会の実現に向けどのようなテクノロジー開発が必要なのか? こうした根本的なビジョンが、テクノロジーの進化が生む現実可能性の伸びしろのなかで問い返され、飛躍的な変化がもたらされた。政治変革、テクノロジー開発、そして未来へのビジョンとは、ひとつの連鎖として構想されるべきものであり、そうした総体がたとえばSFというフィクションに見いだされる。と同時に、個人が自己利益のために行動しながらも、コラボ的消費としてある価値観を醸成している現代にあって、現実と断絶しないかたちでアイデアの社会実装を模索するスペキュラディヴ・デザインや、技術開発の実践をともなうソーシャルビジネスとしてのアーティストの活動が注目されている。
闘争の時代といわれる1968年はまた、スタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』を公開した年でもある。アーサー・C・クラーク原作となるこの脚本の終盤で、ボーマン船長は木星の衛星軌道上で巨大なモノリスに遭遇、スターゲイトと呼ばれる目まぐるしい光に飲み込まる。その末に辿り着いた静かな白い部屋は、モノリスという地球外の知的生命体への接触によって深化を遂げた人類が、時空を超えた4次元空間を表している。
本展の中心となる《善悪の荒野》(2017)で、THE EUGENE Studioは、このシーンに現れる真っ白な部屋を精巧に再現し、燃焼させた。
高度なコンピューターが人類の進化のためにつくったこの部屋は、本物の大理石や18世紀に作られたアンティークの調度品、スタジオで再現制作した油絵、ジェームズ・フレイザー『金枝篇』の古書などによりに構成されている。『2001年宇宙の旅』の中で、ボーマン船長は時空移動のために急速に老い、最後はスター・チャイルドと呼ばれる赤ん坊へと「進化」する。スター・チャイルドが白い部屋を出て地球を眺めるとき、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れ、宇宙人によって進化を遂げ、超人の姿に永劫回帰する新人類の姿を伴奏する。本作のタイトル《善悪の荒野》は、ニーチェの『善悪の彼岸』を思わせるが、この映画との関連から引き出されたのだろうか。
『2001年宇宙の旅』の中では、ベッドの上に横たわるボーマン船長の視点の先にあるモノリスが置かれていた場所には、《White Painting》という平面シリーズである。
真っ白なキャンバスには、描かれた痕跡が何もない。そばに置かれたiPhoneでは、路上に置かれた本作シリーズが通行人の接吻によって制作された記録が再生されており、目前に屹立するキャンバスが100人ほどの人々の接吻を受けていることがわかる。「ロシア正教やキリスト教に見られるイコン(キリスト、聖母などが描かれた絵)への接吻行為と非常によく似て」いるが、信仰対象が不在であり、SNS時代における横繋がりの連帯や愛情がこれに代わっている。
本展作品解説文には、「国家や宗教、種族、組織など、大きな単位、グローバルレベルでの分断——例えばブレグジット、国境の壁、難民問題などの状況——とは対照的にも見え、小さな共同体単位でのみ成立する連動の、大きな可能性を見る」とあるが、この着想自体は、自由主義の枠組みの中において共同体の重要性を尊重したコミュニタリアニズムに近いのではないか。同時に、その罠についても、意識的であるように思われる。THE EUGENE StudioのEugene Kangawaは、《White Painting》の画布の上をDNAや細胞の集まりが密集しているのを認識できるほど、人間の目が生物工学的に進化した未来を想定する。いわば微生物が画布の上に無数にひしめいているマイクロスコーピックなイメージにまで視覚化すれば、本作のきわめて物質的な側面が浮かび上がってくるが、私の視力だと当面は想像力で補うしかない。
THE EUGENE Studioの射程するヴィジョンは、文明の基盤ともなったテクノロジーについて、ITやバイオテクノロジーといったジャンルに限ることなく、政治史や視覚芸術などの人間の知的活動すべてととらえ、生命自体の成り立ちや物理現象にまで拡張している。彼らは、人工知能や自動運転の研究、教育プロダクトの開発など、アートと実社会の境界を越えた活動を、企業の受注によって展開する。
その一方で、バイオテクノロジーの発展が生活インフラを再構成していく《農業改革3.0》(2012-)など、大学研究機関との密な連携により実質的な知識生産に取り組みつつ、未来像の設計図をとどめた銅板エッチングを「作品化」し、なかば儀礼的に美術界へ送り届けている。本展にはこうした数々のジェスチャーが散りばめられており、多領域を縦断して活動する彼らが、いかに意識的に自らの姿勢を変えているのかを垣間見ることができる。
おそらくTHE EUGENE Studioの活動展開図は、彼らの戦略のなかですでに完成しており、優れたアーティストが例外なくそうであるように、完全な確信犯であるということには疑いがない。