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2018.5.21

政府案の「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」とは何か? 文化庁「確定事項は何もなく検討中」

5月19日に「YOMIURI ONLINE」で取り上げられた「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」が大きな波紋を呼んでいる。政府案として突如報道されたこの仕組みとは? そして文化庁の見解とは?

文化庁 出展=ウィキメディア・コモンズ
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「リーディング・ミュージアム」の目的とは?

 国内の美術館や博物館の一部を「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」として指定し、価値付けした作品をオークションなどで売却するーー。これは、5月19日に「YOMIURI ONLINE」で政府案として報道された内容だ。

 「リーディング・ミュージアム」はもともと、政府の未来投資会議構造改革徹底推進会合「地域経済・インフラ」会合(中小企業・観光・スポーツ・文化等)において、文化庁が4月17日付で提出した資料においても言及されていたもの。同資料では、日本の美術館を「収集予算が少なく購入力が極めて弱い/優遇税制が弱く寄贈も少ない/学芸員の絶対数が少なく、組織体制が脆弱/市場との関係性も希薄」と指摘。「優れた美術品がミュージアムに集まる仕組みを構築し、美術品の二次流通の促進、アートコレクター数の増、日本美術の国際的な価値向上を図るとともに、国内に残すべき作品についての方策を検討し、アート市場活性化と文化財防衛を両立させ、インバウンドの益々の増に繋げる」施策として、「リーディング・ミュージアムの形成」が挙げられている。

文化庁が作成した「アート市場の活性化に向けて」より抜粋

 「リーディング・ミュージアム」の仕組みはこうだ。まず指定された「リーディング・ミュージアム」が、アートフェアやギャラリーなどから作品を購入(あるいはコレクターから作品の寄付を受ける)。その購入作品の中から一定数をオークションなどで売却し、市場を活性化させる。

 文化庁は今年度、新規事業として「アート市場活性化事業」に5000万円の予算を確保しており、日本の美術市場を拡大させようとしていることは明らかだ。しかし、今回報道された「リーディング・ミュージアム」は、美術館が作品の価値付けのためだけに利用される恐れがあり、展示・収集・保管・研究・教育といった美術館本来の機能にも大きな影響を与えかねない。また、アーティストをもないがしろにするような構図だ。

 加えて、全国386の国公私立美術館が加盟する「全国美術館会議」が昨年制定した「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」とも方向性を異にしている(同原則では、その第6において「美術館は、体系的にコレクションを形成し、良好な状態で保存して次世代に引き継ぐ」ことが定められている)。

全国美術館会議が制定した「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」

 博物館学が専門で東京藝術大学大学美術館の熊澤弘はこう話す。「『リーディング・ミュージアム』は、美術館という社会教育施設のあるべき姿と、現在の日本の美術館行政のかみ合わなさを露骨に表しているように見えます。実際、文化庁の資料で示された『リーディング・ミュージアム』制度は、明記されてはいないものの、ミュージアムの所蔵品を売却して市場に二次流通させる可能性を内包しているもの。数年前の武雄市図書館が所蔵する歴史的文化財廃棄の例など、日本では文化財や美術品が無自覚に棄損されることがありますが、これは、現場の専門職員や専門家によるコレクションの(経済的だけでない)文化的・歴史的価値づけを軽視し続けたためです。観光事業などによって経済的効果が生まれることは歓迎すべきですが、地域の文化・芸術のドキュメントを保存し継承するという美術館・博物館本来の使命を軽んじることは、我々の文化の未来を汚すものとなるでしょう。たとえ短期的な経済的利益が『売却』で得られるとしても、疲弊しきった現状の美術館・博物館を助けることにはなりません」。

 また、SNS上ではアーティスト、キュレーター、批評家など美術関係者から批判が殺到する事態となっている。

海外の作品売却事例

 いっぽう、海外では美術館が資金調達のために作品を売却することは珍しくない(最近ではニューヨーク近代美術館が写真コレクションをクリスティーズで売却)。これについて、東京大学大学院准教授・加治屋健司はこう語る。「たしかに海外の美術館は作品売却を行いますが、それは、あくまでも別の作品を購入するために行うものであって、運営母体の利益や他の経費の捻出のために行われる作品売却は厳しく批判されます。国際博物館会議(ICOM)も美術館長協会(AAMD)もアメリカ博物館同盟(AAM)も、作品売却は、別の作品を購入する目的に限定するべきであるとしています。2014年に、債務返済のために作品4点を売却したデラウェア美術館がAAMDから制裁措置を受けて、他の加盟美術館から作品を借りられなくなったことは記憶に新しいですね」。

 「来年は、国際博物館会議(ICOM)が初めて日本で開催され、世界141の国と地域から3000人を超える博物館の専門家が京都に集まる予定です。もし、美術館が売却を前提に作品を収蔵して価値を付与したり、投資を呼び込むために美術館の所蔵作品を売却することを、文化庁が制度的に推進するとしたら、文化庁も日本の美術館も世界の美術関係者の信用を失い、国際的な問題となる可能性があります。そうした問題を回避するために、アート市場活性化事業は、ギャラリストや市場関係者だけでなく、海外の美術の動向に詳しい美術館の学芸課長や館長、文化政策研究者なども加わって、国際的にも信頼される適切な組織や手続きによって実施されることを希望します」。

 具体的な取組みとして加治屋が挙げるのは、「海外美術館等とのネットワークの構築」や「日本人アーティストの世界的価値を高めることに資する海外展の実施・支援」など、国際交流基金が培ってきた事例だ。「海外の事業に関して豊かな経験を有する関連機関と連携することも重要です。また、海外のコレクターによる購入や有望な日本人の若手作家の育成を促進して、日本の現代美術の国際的な評価を高めようとするのであれば、長期的には、それらを阻む要因のひとつになっている団体展の問題に切り込むことも文化庁は検討する必要があるのではないでしょうか」。

文化庁の見解は

 これまでの美術館の姿を大きく変えかねない「リーディング・ミュージアム」。これについて文化庁の関係者は「確定していることは何もありません」とコメントする。「日本のアート市場活性化を通じて文化芸術立国の実現を目指すなかで、どういう手立てが有効か、ということを検討しているところ」だという。また作品の売却については、「展示される機会のない作品の活用を期待する声は多いですが、作品の売却を主目的としているわけではありません」と否定的。「あくまで美術館を中心とした評価軸を強化するにはどうしたらいいのかを検討しています」と語っている。

 今後、「リーディング・ミュージアム」構想がどのように発展していくかは不明だ。しかしながら、マーケットに従属するミュージアムはミュージアムと呼べるだろうか? 美術手帖でも、この「リーディング・ミュージアム」を含む、国のアート市場活性化事業について、引き続き注視していきたい。