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目[mé]と巡る犬島。
アートと暮らしが奇跡的な関係で共存する場所へ

瀬戸内海の岡山沖に浮かぶ犬島。直島、豊島などと並び、アートが島内に点在する自然豊かなこの島を、現代アートチーム・目[mé]のアーティスト・荒神明香とディレクター・南川憲二が訪れた。そこで再発見した、犬島の魅力とは?

文=小林沙友里 撮影=GION

 不確かな現実世界を私たちの実感に引き寄せようとする作品で注目される現代アートチーム・目[mé]。その中心メンバーであるアーティスト・荒神明香、ディレクター・南川憲二が春の犬島を訪れた。2013年にこの島に作品《コンタクトレンズ》を設置した荒神、その制作に協力した南川が約6年ぶりに訪れた今回の旅。二人ならではの視点でとらえた犬島の魅力を伝える。

世界中のアート好きが訪れる島

 岡山駅から南東に車を走らせると約50分、もしくは、岡山駅から電車とバスを乗り継いで約1時間30分で着く宝伝港。その3kmほど沖に位置する犬島へは、定期船で約7分でたどり着ける。直島の宮浦港から豊島の家浦港を経由して約1時間で行けるが、宝伝港に立ってみると大きな煙突が目印の犬島が意外なほど近くに見え、荒神は「犬島に行くときはいつもこの宝伝港からでした」と言う。

宝伝港からは肉眼で犬島をとらえることができる
いざ船で犬島へ
宝伝港と犬島を結ぶ定期船は小型だ

 犬島は歩いて1時間ほどで一周できる小さな島。江戸〜明治時代には「犬島石」と呼ばれる花崗岩の採石が盛んに行われ、大阪城や江戸城、岡山城の石垣にも使われたという。石を切り出した跡に水が溜まった池が島内に点在し、その名残がうかがえる。明治後期には銅の製錬所ができ、最盛期の人口は5000人ほどにものぼったが、現在は30人あまり。島民の多くは家のそばの畑で野菜や花を育てながら暮らしている。

 そんな犬島がアートの島として知られるようになるのは、2008年に直島福武美術館財団(現・福武財団)が製錬所の遺構を再生して「犬島精錬所美術館」としてオープンさせてから。その後、第1回瀬戸内国際芸術祭が行われた2010年には集落に点在するギャラリーに気鋭のアーティストの作品を展開する「犬島『家プロジェクト』」が始動。16年には「犬島 くらしの植物園」がオープンしたりと徐々に広がりを見せている。

犬島観光の拠点となるチケットセンター。内部にはカフェやストアがある 撮影=井上嘉和
犬島チケットセンターストアでは様々なアーティストグッズも購入可能だ
こちらは荒神がデザインした手ぬぐい

近代化産業遺産の製錬所を美術館に

 島に着いた二人がまず訪れたのは、「犬島精錬所美術館」。1909年に建設され、10年後の1919年に操業を停止した銅の製錬所の遺構を保存・再生してつくられたここは、「在るものを活かし、無いものを創る」をコンセプトに、アーティスト・柳幸典の作品と建築家・三分一博志の建築が一体となっている美術館だ。

海から見た犬島精錬所美術館(アート:柳幸典、建築:三分一博志) 撮影=阿野太一

 柳は、蝋で固めた翼で太陽に近づき命を落としたギリシャ神話のイカロスと、日本の近代化に警鐘を鳴らした三島由紀夫をモチーフに、《ヒーロー乾電池》なる一連の作品を制作。三分一は既存の煙突や、銅の製錬時に出る不純物を固めた「カラミ煉瓦」、自然エネルギー、植物を利用した水質浄化システムを利用し、環境に負荷を与えない建物をつくり上げた。

カラミ煉瓦が当時のまま残るアプローチを歩いて美術館へ
犬島精錬所美術館内部、柳幸典《ヒーロー乾電池/ソーラーロック》(2008) 建築=三分一博志 撮影=阿野太一
犬島精錬所美術館内部、柳幸典《ヒーロー乾電池/イカロス・タワー》(2008) 建築=三分一博志 撮影=阿野太一

 この美術館を初めて訪れたという南川は、「すごくクリティカルですね。言語でなく、体験でここまで伝える美術館はあまり見たことがありません。この場所で資源を循環させることの重要さも伝わってきて、後からいろいろと考えさせられそうです」。

 以前、館内は訪れたことがあるという荒神も、美術館裏にある近代化産業遺産へ足を踏み入れるのは初めて。「集落のほうで自分の作品を制作していたときも、背後に黒いオーラを感じてはいましたが、なかなか機会がなくて、今回初めて全貌を見ました。集落が表でこちらが裏だとしたら、その対比がすごい。まったく別の島なんじゃないかっていうくらい」。

美術館を出て近代化産業遺産に登ると、海が一望できる
こちらは製錬所横にあった発電所の跡地。壁面と煙突が神殿のように残る

集落に現代アートが点在する「犬島『家プロジェクト』」

 アーティスティックディレクター・長谷川祐子と建築家・妹島和世が集落で展開している「犬島『家プロジェクト』」では現在、F邸、S邸、I邸、A邸、C邸の5つのギャラリーと「石職人の家跡」で、様々なアーティストの作品が公開中だ。「桃源郷」をテーマにキュレーションされた現代アートの数々は、かつて建っていた民家の部材と新しい素材を組み合わせてつくられたギャラリーとともに、ある種の違和感を放ちつつも、不思議と周囲の風景に馴染んでいる。

 F邸にある名和晃平の作品《Biota (Fauna/Flora)》(2013)は、生命の誕生がテーマ。建物の周辺を含めた場全体を生物相とみなし、ビッグバンを中心として、動物相と植物相をつくっている。動物相に立つ少年の像を見て、「最初より大きくなっている」と言う荒神。じつは名和の知り合いの少年がモデルとなっており、その成長を反映して変化しているという。

犬島「家プロジェクト」F邸
犬島「家プロジェクト」F邸
名和晃平《Biota (Fauna/Flora)》(2013)
犬島「家プロジェクト」F邸 撮影=Nobutaka OMOTE | Sandwich

「石職人の家跡」に広がるのは、淺井裕介の《太古の声を聴くように、昨日の声を聴く》(2013/2016)。道路標示に使われる溶着性の白いゴムをガスバーナーで焼き付けるという独自の方法で、動植物や船に乗る人、住民の苗字など犬島にまつわるものが描かれている。石職人が弟子と住んでいたという敷地の外縁には犬島石が敷き詰められ、まるで遺跡のような様相だ。なお、淺井の作品は海岸の路上にも拡張しており、海や陸の動物や花などが海沿いをにぎやかにしている。

淺井裕介《太古の声を聴くように、昨日の声を聴く》(2013/2016)
荒神の作品、S邸《コンタクトレンズ》(2013)へ

 次はいよいよ荒神の作品、S邸の《コンタクトレンズ》(2013)。大きさや焦点距離の異なる約4000枚の円形レンズが連なり、昆虫の複眼のようなそれを通して見ると、周囲の木々や家々、道行く人などの形や大きさ、向きが様々に異なって見える。

 本作制作のきっかけを荒神はこう語る。「夜に高速バスで車窓の景色を眺めていたときに、ある1点をずっと見続けていたら、流れていくアスファルトの粒々が、目の前にワッと拡大されて去っていくように見えたんですよ。それであらためて目って疑わしいなと思って。目の形が球体だからこの世界がこう見えているけれども、もし別の形だったらまったく別の世界が現実として見えるんじゃないかと考えて、そこから、この作品を構想しました」。

荒神明香が手がけたS邸《コンタクトレンズ》(2013)
荒神明香が手がけたS邸《コンタクトレンズ》(2013)
S邸《コンタクトレンズ》(2013)越しの荒神と南川

 荒神は長谷川からかかってきた電話でのオファーを機に、2010年に犬島を訪れ、島の人々とワークショップを実施。それが「犬島『家プロジェクト』」の作品制作につながった。2011〜12年、当時、長谷川がチーフキュレーターを務めていた東京都現代美術館がSANAA(妹島和世+西沢立衛)と共同企画した展覧会「建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの"感じ"」に《コンタクトレンズ》の別バージョンが展示されていた。展示を見にきた島の人々はそれを気に入り、その後、犬島に長谷川のキュレーションにより《コンタクトレンズ》が設置されることを聞いて喜んだという。

 島での大規模な展示にあたり、妹島の建築の壁にレンズと同じ大きさの紙を貼って量や配置を調整。風景とのバランスを見ながら、「ここにこういう色がほしい」「こういう木を植えてほしい」といったやりとりを妹島と重ねたという。周囲の自然は少しずつ変化し、レンズ越しに見える風景を変えてきた。

S邸《コンタクトレンズ》の近くに設置された椅子に座る南川と荒神

 作品の近くで話していると、「おーい」と声をかけてくる人がいた。「あー柴田さん!」と手を振る荒神。制作中によくコーヒーをご馳走してくれたというご近所の柴田夫妻は、《コンタクトレンズ》について「人気あるよ。(レンズは)4000個あるんだってみんなに宣伝しよんで」と言い、作品のある風景を写真に撮りためていることなど話してくれた。

島民の柴田昇次郎さんと益田邦子さん
柴田さんが撮影した夕暮のS邸《コンタクトレンズ》
柴田さんが撮影した雪の日のS邸《コンタクトレンズ》

 そうこうしているうちに集まってきた島の人々は、久々の再会を喜びつつ、制作当時のことを嬉々として語った。「荒神さん、まだ20代だったなぁ。泊まるとこも世話したもん」「島の中を軽トラで移動してたね」「レンズが虫眼鏡みたいになって火がつかないか聞いたら、シミュレーションしたって聞いて安心した」。作品について尋ねると、「雨上がり、全部のレンズに虹が見えるときが一番きれい」「夜もきれいよ。街灯の光が星みたいに映って」「どっち側から見たらいいか、迷うお客さんがいるけど、どっちもいいの」「犬島の娘。島に子供を授かったような感じよ」。

 設置されてから11年。作品と一緒に暮らしてきた人々の見方は来訪者に気づきを与えてくれる。聞けば、普段の作品のメンテナンスは運営する福武財団のスタッフが行っているが、周辺の掃除などは島の人々が協力しているという。作家が長期間滞在し、コミュニケーションをとりながらつくり上げたものだから、愛着が一層深いのだろう。

島民の方々と記念撮影

 続いて足を運んだのは、2018年まではカラフルなモチーフが水面で反射しているような荒神の作品《リフレクトゥ》(2013)が展示されていたA邸だ。犬島「家プロジェクト」での作品展示期間は基本的に3年だが、作品によっては長期にわたって展示を続けることがある。現在ここにあるベアトリス・ミリャーゼスの《イエロー フラワー ドリーム》(2018)は、島の花や波から得たイメージを明るい色や大胆な形で表現している。

かつてA邸に展示されていた荒神の《リフレクトゥ》(2013) 撮影=Takashi Homma
現在のA邸はベアトリス・ミリャーゼス《Yellow Flower Dream》(2018)

 C邸に置かれた木彫は、半田真規《無題(C邸の花)》(2019)。犬島に生きる人々が発するエネルギーにインスピレーションを得た半田は、楠を彫り、鮮やかな日本画の顔料で着彩し、大きな花として表現。かつて集会所であったこの場に供えられた切り花は、枯れるまで全力で花開こうとする生命の力を感じさせる。

C邸の半田真規《無題(C邸の花)》(2019) 撮影=井上嘉和

 I邸はオラファー・エリアソンのインスタレーション《Self-loop》(2015)だ。「犬島 くらしの植物園」も手がけるガーデナーの「明るい部屋」が手がけた庭を通って建物に入ると、3つの鏡が2つの窓からの風景を結びつけている。中央部のある一点に立つと、来訪者は無限のトンネルのちょうど中間にいる自分を発見し、新しい感覚の旅に誘われる。

I邸 オラファー・エリアソン《Self-loop》(2015) 撮影=市川靖史
犬島の細い道を歩けば海へとつながる
「犬島 くらしの植物園」への道中。途中までは島民の益田さんと一緒に

“見る”ではなく“行動する”植物園

 最後に向かったのは「犬島 くらしの植物園」。妹島と「明るい部屋」による共同プロジェクトとして2016年にオープンしたここは、長く使われていなかったガラスハウスを中心とした約4500㎡の土地を再生した場所。いわゆる珍しい樹木や変わった草花を見るのではなく、犬島の自然に身を置きながら、ワークショップなどを通して様々な体験をし、暮らし方について考え、ともにつくり上げていく植物園だ。

犬島 くらしの植物園 撮影=井上嘉和

 「明るい部屋」による植栽は、荒神が「ほかでは見たことがないような組み合わせの植物が植えられていて、それが全体としてすごく美しい」と言うように、絶妙なバランスで成り立っている。それに着目した長谷川と妹島とのつながりから「犬島『家プロジェクト』」の庭を手がけていたコミュニティガーデンプランナー・橋詰敦夫は、この植物園をきっかけに東京から犬島へ移住した。

 「I邸の庭をつくっているとき、島のお母さんたちが毎日やってきて、『それはここでは使わん』とか『その雑草は早よ抜かれ』とか言うんですよ。それまでも『コミュニケーションする庭』を標榜して活動していたけれど、東京ではそんなことはなかなか起こらない。それがここならできると思えたんです」と橋詰は語る。

右は「明るい部屋」コミュニティガーデンプランナーの橋詰敦夫

 入口から入ってすぐに見える一帯には花々が咲く「集まる庭」、ガラスハウスの向こうには野菜やハーブなどで構成された「食べられる庭」が広がっている。花を摘んでリースやスワッグをつくったり、野菜やハーブでピザやお茶をつくったりするワークショップが行われている。

 「いま島の人口は少ないですが、アートを見に一度だけ来て帰るのではなく、植物の手入れなどを楽しんで何度も来てくれたら、それが関係人口を増やすことにつながるんじゃないかと。それがある程度うまくいったらいずれは山の中に入っていって、島じゅうを食べられる島、遊べる島みたいにして、アートやデザインとの関係の中で暮らしや自分のことを考える場にしていけたらと妄想しています」(橋詰)

 「最高すぎる……」とこぼした南川は、「自然と人工の関係を追求されていて、目[mé]としてもすごく共感します。いつか一緒に何かやりたいですね」と語った。

犬島 くらしの植物園にて

のどかに先行く理想の場所

 「最初に来たときは不安だったんです」。島巡りを終え、犬島港近くの犬島チケットセンターカフェで帰りの船を待ちながら荒神が言う。「それまではほとんど美術館やギャラリーでしか作品を展示したことがなかったから、作品と鑑賞者の関係が自分のなかで漠然としていて。でも犬島では生活する人の隣に作品があって、その距離感がリアルに感じられるようになりました。そしていまも作品が島の人に大切にされながら継続していることに希望を感じます。最近、自分が歳をとったらどういう場所にいたいかって考えるんですけど、ここはひとつの理想の場所かもしれないなって思います。人々の感性に触れたり、ときに自然の壮大さに突き放されたり。人間らしさのまま、自然に還って行くことができる特別な場所なんじゃないかと」

帰路の定期船にて

 「奇跡みたいですよね」と南川が続ける。「犬島精錬所美術館のクリティカルな作品に始まり、集落では生きていくことを突きつけられるような場所の中に、妥協のない洗練された現代アートが入っていて、最後はかなりリレーショナルなんだけどまったく媚びてない植物園があって。体験にすごく振り幅がありました。下手に寄り添ってないからか、島の人たちが本当に面白がったり愛してくれていて、島全体がエコロジカルで進んでいる印象がある。この小さな島に世界中の人が来るのもよくわかる気がします」。

 アートと暮らしが独特のバランスで共存するこの有機的な島は、人間と自然の関係を考えさせてもくれる。島内には民泊やキャンプ場があり、中長期滞在をする人や移住する人が出てきたりと、新たな動きも生まれている。数時間の滞在でも楽しめるが、1日、または数日かけて、地域性を体験しながらゆっくり滞在するのもおすすめだ。

遠ざかる犬島

編集部