フィリップスCEO、エドワード・ドルマンに聞く今年のマーケット傾向とアジア市場戦略

2020年に7億6040万ドル(約812億円)の総売上高を記録した世界三大オークションハウスのひとつ「フィリップス」。デジタルの面において様々な取り組みを行い、アジア市場で大幅な成長を遂げた同社の昨年のパフォーマンスをはじめ、今年のオークション市場の傾向やアジアと日本のオークション市場の特徴について、最高経営責任者のエドワード・ドルマンにインタビュー。また同社日本代表の服部今日子には東京オフィスの活動について聞いた。

聞き手・文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

エドワード・ドルマン Courtesy of Phillips
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 世界三大オークションハウスのひとつであるフィリップスは2020年、7億6040万ドル(約812億円)の総売上高を記録した。

 新型コロナウイルスの影響により同社は昨年、一部オークションをオンラインに移行することなど、デジタルの面において様々な取り組みを実施。これにより、同社の新規オンラインアカウント増加率やウェブサイトへの新規訪問者数はそれぞれ136パーセントと62パーセント増加し、とくにアジアでのオンライン落札率は635パーセント増加している。

 また、香港でのオークション売上高は1億5200万ドルとなり、同社の同地域における過去最高額を記録。そのうち日本人作家の作品は100パーセント落札。1億300万香港ドル(約14億円)で落札され、アーティストのオークション記録第2位となった奈良美智の《Hothouse Doll》に代表されるように、オークション市場では日本人アーティストへの関心がかつてないほど高まっている。

 コロナ禍は、同社を含むオークション市場にどのような影響を与えたのか。また、今年のオークション市場の傾向や、アジアと日本のオークション市場の特徴について、フィリップス最高経営責任者のエドワード・ドルマンにインタビューを実施。また、同社日本代表の服部今日子には東京オフィスの活動について聞いた。

コロナが変えたオークション市場

──まず、新型コロナウイルスのパンデミックが昨年のフィリップスの業績に与えた影響についてお聞かせください。

エドワード・ドルマン(以下、ドルマン) 純粋な数字としては、年間売上高の減少幅は約11パーセントと比較的小さく、パンデミック発生当初に懸念していたほどではありませんでした。

 我々は、従来のモデルからインターネットを通じた顧客とのバーチャルコミュニケーションを基盤とした新しいモデルへと、事業の軸を変えることに成功しました。また、コストも削減できたため、2020年の業績は前年よりも若干良くなっています。パンデミックによる売上の落ち込みは若干あったものの、うまく対応できたと思います。

 大まかに言えば、2020年のアート市場全体としては、パンデミックがあったからこそ業界全体に革命が起きたのだと思います。つまり、いままでとは違う新しいビジネスです。

2020年に開催されたフィリップスのオンラインオークションの様子 (C) Mediakite and Thomas De Cruz Media Haydon Perrior

──パンデミックのなかでフィリップスは様々なオンラインプログラムを立ち上げました。これらのオンラインプログラムは、パンデミックの影響を軽減するためにどのような役割を果たしたのでしょうか?

ドルマン 私たちはもはや、個々の作品の前に立って、その作品について顧客と話すことはできません。そのため、新しい方法で顧客とコミュニケーションをとらなければならないいっぽうで、セールスの方法を変えていく必要もあります。

 この時期を振り返ってみると、我々にとっては、オークションビジネスという古い伝統的なビジネスのやり方が変革され、真にグローバルなものになりました。オークションをライブストリーミングすることによって、我々の顧客基盤は世界中に広がっていった。東京でもパリでもロサンゼルスでも、顧客は自宅で入札することができ、世界中のアートコミュニティが、かつてないほどオークションに接続されたのです。今回のパンデミックで開発した新しい技術は、今後もオークションビジネスに革新をもたらしてくれるでしょう。

──昨年のオークションでは、印象派の作品はほとんどなく、戦後や現代の作品、そしてジュエリーやハンドバッグなどの高級品が比較的多く出品されていましたね。

ドルマン 近代美術に興味を持つコレクターたちは、かつてないほど戦後・現代美術に興味を持つようになったからだと思います。世界全体では、パンデミック前の時点で、戦後・現代美術分野の売上高は55パーセントにまで成長しています。つまり、国際的なアート、とくに現代美術に興味を持ったグローバル市民とでもいうべき世代の嗜好が大きく変化したのです。

 印象派は、オールドマスターとほぼ同じカテゴリーになっていると思います。その市場規模は現代美術と比べてかなり小さい。モネのような素晴らしい絵は1億ドル以上で販売できますが、そのような絵はめったに出てきません。つまり、入手可能性によって左右されるオールドマスター市場に対し、戦後・現代美術市場には供給の問題がない。戦後・現代美術市場には大量の作品が控えており、コレクターも多数います。

──今年に入って、オールドマスターやNFTの作品が非常に注目されているようですが、今年のオークション市場はどのような傾向になると思いますか?