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櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:何かが始まる予感【2/3ページ】

 最初はフォントだけを真似て描いていたという「おわり」の文字や番組ロゴだが、作画技術が向上した近年では、様々なキャラクターを描いてみたり鮮やかな着色を施したりと正確にトレースするようになった。加奈さんの話によれば、歩くんが描いているものは、どれも本当に観たい番組の前に1秒ほどだけ表示されている番組なのだという。思わず、笑ってしまった。自分が観たい番組が始まる前に流れる「おわり」の画面をわざわざ絵にするというのは、どういう思いなのだろう。僕は一気に歩くんの世界に引き込まれた。それにしても、近作までは画面を一時停止することもなく、すべて頭の中で記憶して描いていたというから、そのカメラアイのような驚異的な記憶力には驚かされてしまう。

「おわり」を描いた作品の数々

 歩くんは、2007年に静岡市でひとりっ子として生まれた。1歳半検診のときに、医師から「成長が少し気になるね」と言われ、2歳のときには知的検査で発達の遅れを指摘されたことで、静岡市にある母子療育訓練センターへ通い始めた。理学療法士として病院に勤めていた加奈さんは、「職場の言語聴覚士にも相談していたんです。声をかけても振り向いてくれないし、目線も合わなかったから覚悟はしていたんですよね。3歳のときに、知的障害を伴う自閉症と診断されたことで、あぁやっぱりなという感じで、大きなショックは受けませんでしたね」と教えてくれた。

 小さい頃は、多動でよく動き回り落ち着きのない子だったが、加配保育士がついてくれたことで、保育園ではのびのびと過ごすことができた。小学校は、手厚い療育を求めて、小中高一貫校である静岡大学教育学部附属特別支援学校へ入学した。家から電車通学していた際、電車の揺れに耐えるため、思わず女性のスカートを­掴んでしまうことがあったことから、将来的なリスクを回避するために、電車ではなくバスで通うことができる現在の場所に転居したというわけだ。

 そんな歩くんは、いつも決まったスケジュールで行動しているという。毎朝6時に起床しているが、目覚めていても6時過ぎるまで布団から出てこないし、就寝時間も決まっている。ある日、加奈さんが寝室へ様子を見に行った際には、まだ入眠していなかったものの、布団に入ったまま目を瞑り、受け答えには口パクで答えていたというから、なんという徹底ぶりなのだろう。だから、絶対に遅刻なんてしないのだが、急な予定の変更などに対応することはなかなか大変なのだという。こうした行為は、一般的に「こだわり」と言われている。

編集部

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