コロナ禍の時代、アートマーケットはどう変わるのか?

新型コロナウイルスのパンデミックによって、アートマーケットの世界も大きな影響を受けている。これまでマーケットの主要プレイヤーだった巨大アートフェアが中止やオンライン化するなど、変化の波は避けがたい。そこで、長年にわたりアートのECサイト「タグボート」を運営している徳光健治が、今後のマーケットの構造変化を予想する。

文=徳光健治

アート・バーゼル香港2019の様子 (C) Art Basel
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欧米主導の価値観

 新型コロナウイルスの問題は、これまでのSARSやMERS、ましてはエボラ出血熱といった感染症とは違うかたちで世界に広まることとなった。

 当初はアジアだけの感染症であった新型コロナウイルスは、欧米で拡大することによって世界の価値観を一新することとなったのだが、実はこれはアートのマーケットにもよく似ている。

 あくまでアジアの国々はローカルな位置づけであり、それだけの動きではアートの価値観が変わらないが、欧米の基準によってアートの価値観が変わっていくのだ。

 さて、今回の新型コロナウイルスによって変わっていく時代をここでは「コロナ時代」と呼ぶこととする。そのコロナ時代にアートはどう変わっていくのか、そしてアートマーケットがどう変容していくのかを考えていきたいと思う。

 それはあくまで欧米を主導としたグローバルな変容であり、その中で我々自身もどう変わるべきかを考えなければならないのだ。

価値観の変化によって作品そのものが変わる

 コロナ時代になったからといって、我々の目に見える世界はじつは何も変わっていない。変わっていったのは感染症の恐怖におびえる人々の心であり、それが世界中の価値観を根底から変えていくこととなる。

 我々は国家主導によるこれまでに体験したことのない隔離生活を送るなかで、これまでとは全く違う世界を体験することとなった。その体験をした人たちによってこれからの新しいアートがつくられていくのだ。

 さて、コロナ時代にもっとも大きく変わったのは人と人とのコミュニケーションである。直接人々が触れ合うコミュニケーションが遮断されることで、その代替手段として様々なオンラインツールを利用せざるを得なくなった。

アートフェア「Fireze」のオンラインバージョン

 そこでは交通機関を使うことなく複数の人が集まってコミュニケーションできる利便性はあるものの、人間の息遣いや感情の起伏というものには鈍感になりがちである。合理的に事を運ぶための手段としてオンラインツールはよいのだろうが、どこか人間性の欠如を感じることもあるだろう。

 いっぽう、合理的なオンラインツールを使うことで、自分自身のための時間をつくることも可能になった。自宅で過ごす時間が増えれば、子供時代の自分を取り戻すかのようにアート作品をつくり始める人が増えていく。そうすれば、アート作品が世の中に大量に発生していくことも予想される。

 そのアートは、見えない敵に対する恐怖、政治に対する不満、医療従事者への感謝といった時事問題に対するものもあれば、マスメディアの在り方、コミュニケーションの希薄化、人間性の回復、家族愛など、コロナ時代を機に人々の心の中で改めて感じることが作品化されていくことだろう。

 アーティストとアート作品が増えていけば、以下のことに拍車がかかるようになる。ひとつはアートマーケットの拡大、もうひとつはアートの民主化だ。

アートマーケットの拡大

 アート作品が爆発的に増えると、その大量につくられた作品が行き場を求めるようになる。最初は個人的な趣味から始めたアートでも、それをマーケットで売ることに興味が湧く人も増えてくるからだ。

 そうなると従来のギャラリーではさばき切れないため、中間業者が外されたかたちでアーティストとコレクターがつながる新しいマーケットが出現することになるのだ。

 もちろん、買う側のコレクターも大量に発生した作品のなかから何を選べばよいか悩むことになるに違いない。

 コレクターの需要を鋭く理解できて、あふれ出る作品を整理・分析することでコレクター初心者を正しい方向に導き、安心して買えるようにするギャラリーが出てくるだろう。

 もちろん、それだけの作品を整理して多くの方に見せるという意味ではウェブが重要な任務を負うこととなる。これからのアートマーケットが拡大する方向性は間違いなくウェブが主導していくことは間違いない。

 コロナ時代にはアートフェアのようなイベントを開催するにもリスクがあり、オンラインでも作品を見せることを同時にすることが求められていく。それが同時に距離や時間を超えた新しいマーケットの出現にもつながっていくのだ。

アートの“民主化”が進む

 アーティストとコレクターが直接つながる新しいアートマーケットの出現とともに、アートの“民主化”にも同時に拍車がかかっていくだろう。

 ギャラリーが現在取り扱っている作家にばかり気を使っていると、大量に発生した作品はますます直接コレクターへと向かう。その結果、作品の評価は評論家やギャラリストだけでなく、それまで素人側にいたコレクターへと移っていく。

 自社が推す作家を薦めるギャラリストとは違い、プロのように冷静かつ公平な評価をくだすことができるコレクターが数多く出てくるに違いない。上からの押し付けによる評価から購入者目線の評価へとアートが民主化していくのだ。この勢いはコロナが終息しても終わることはなく、逆に速度を増していく。

 公平な目で作品を評価する購入者、つまりコレクターが主導するアートの民主化は、作品に対する価値観の共有ということが最も大きなキーワードに変わっていくだろう。

 コロナ時代の後に出てくる変化は、ウェブとコレクターが主導していくことを我々はひとつの潮流として気付かなければならないのだ。