「ブラック・アート」とは何か?
近年「ブラック・アート」の躍動が目覚ましい。2022年の第59回ヴェネチア・ビエンナーレで、アフロ・カリブ系イギリス人であるソニア・ボイスの手がけたイギリス館の展示が金獅子賞(国別)を受賞し、同年のターナー賞は、17年のルベイナ・ヒミド以来、黒人女性として史上2人目のヴェロニカ・ライアンが受賞している。
また「ブラック・アーティスト」や「マイノリティ」と呼ばれる作家たちの活動や意義の見直しを図る展覧会が各国で開催され、『アートレビュー』誌が選出する、美術界でもっとも影響力のある100組のランキング「Power 100」では、アフリカの現地を拠点に活動する作家やキュレーターの名前も数多く見られる。
しかしながら、私たちが「ブラック・アート」と名付けるものとはいったい何を指すのか? なぜ私たちは地域や世代ではなく「色」で、その作品や人物をカテゴライズしているのか? 本特集は、文化研究者の山本浩貴を総合監修に迎えて、「ブラック・アート」という言葉と概念をとらえ直すものだ(共同監修=中村融子[アフリカ現代美術研究])。
本特集では、欧米を中心としたアートサーキットで活躍するブリティッシュ・ブラックやアフロ・アメリカンの作家やキュレーターにくわえて、アフリカやカリブ海地域で生まれ、現地を拠点に活動するアートのプレイヤーを取り上げ、同時に「ブラック・アート」を語るうえで欠かすことのできない、その「歴史」や「研究」にも目を向ける。現在美術界で活躍する「ブラック」のプレイヤーたちの言葉に耳を傾け、その言葉に潜む歴史を知ること、日本で「ブラック・アート」を語る意味を考えていく。
PART1「ブラック・アートの現在地」
数多くの「ブラック・アーティスト」が活躍する現在、その名称のもとにカテゴライズされる作家や作品にも、複雑な歴史の階層や多彩な地域の特色などの「多様性」が見て取れる。このパートでは、様々な地域で活動する「ブラック」の作家やキュレーター、そしてギャラリストを取り上げる。
彼ら・彼女らの作品や活動が、現在の世界やその歴史認識に向けて問いかけているものとはなにか? インタビューやキーパーソン解説、そしてその研究の現在などから、美術界での「ブラック・アート」の現在地を探っている。
PART2 「ブラック・アートの歴史」
現在の「ブラック・アート」を語るうえで欠かすことのできない、植民地主義や美術界での「闘争」の歴史。このパートでは、その一端を知るために「奴隷制と植民地主義」「欧米での展覧会」「アーティスト」「言説と批評」「美術と政治」の5つのトピックから、歴史上に起きた出来事や事象に触れる。
また、「ブラック・アート」の「名付け」の歴史やそれが及ぼした論争や影響についても、2つの論考で解説。その呼称がはらむ、排除と周縁化のメカニズムについて考えていく。
さらに、福岡県立美術館で40年にわたる作家活動を「回顧」する個展を行った牛島智子のロングインタビュー、マイケル・ハイザーの《シティ》の公開等で再び注目を集める「ランド・アート」を先住民のアーティストの作品から読み替える原田真千子の論考も掲載されている。