2022.8.14

書評:「TOKYO POP」とはなんだったのか。 小松崎拓男『TOKYO POPから始まる 日本現代美術 1996–2021』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本から注目の図録やエッセイ、写真集など、様々な書籍を紹介。2022年7月号では、近現代美術史研究者・筒井宏樹が、80〜90年代に台頭した現代美術の諸相を記述した、小松崎拓男の 『TOKYO POPから始まる 日本現代美術 1996–2021』を取り上げ、「TOKYO POP」について再考する。

評=筒井宏樹(近現代美術史)

小松崎拓男『TOKYO POPから始まる 日本現代美術 1996–2021』表紙

「TOKYO POP」とはなんだったのか

 日本において「現代美術」が台頭したのは、まさに本書の起点となる1980年代後半から90年代にかけてであった。東高現代美術館、広島市現代美術館、東京都現代美術館といった「現代」を冠する美術館が相次いで設立され、水戸芸術館、ワタリウム美術館、佐賀町エキジビット・スペース 、ICA名古屋、ペンローズ・インスティテュート、フジテレビギャラリー、スパイラル、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、キヤノン・アートラボ、国際コンテンポラリーアートフェア(NICAF)まで、現代美術を展示する環境が整備されていった時代である。

 本書のタイトルにある「TOKYO POP」は 、村上隆、奈良美智、会田誠など、こうした土壌のなかから頭角を現した一群のアーティストたちを「日本的な」ポップとして提示した同名の展覧会に由来する。1996年に平塚市美術館で開催された同展の企画者・小松崎拓男(松本竣介など日本近代美術の研究者でもある)が、学芸員時代に担当した展覧会を中心に現代美術について執筆した記事をまとめた評論集が本書である。小松崎が学芸課長を務めたICCが拠点のひとつとなるメディア・アート、ヨーロッパの国際展やアジア美術(韓国の美術雑誌『美術世界』や『月刊美術』への寄稿文を含む)、田口和奈(広島市現代美術館、2006)や ブルース・ヨネモト(金沢美術工芸大学アート・ギャラリー、2012)といった個別の作家論など、25年にわたる足跡を通じて、メディアの拡張やグローバル化といった現代美術の諸相をうかがい知ることができる。

 とくに「TOKYO POP」展 は 、当時主流であった「視ることのアレゴリー 1995:絵画・彫刻の現在」展(セゾン美術館、1995)に代表されるモダニズム的傾向ではなく、新たに台頭しつつあるアーティストたちをひとつの動向として公立美術館で初めて紹介し、のちに『広告批評』(1999年4月 )の「TOKYO POP」特集、さらに村上隆の「スーパーフラット」を準備した点で意義がある。同展の舞台裏の記述こそ本書の読みどころである。だが、疑問点もある。すでに90年代初頭には『美術手帖』(1992年3月号)で提示された「ネオ・ポップ」、椹木野衣の「シミュレーショニズム」といった概念が先行して存在していたが、それらと小松崎が提唱する「TOKYO POP」がどのように異なるのか本書では明示されていない。この問いは我々に残された課題と言えよう。

『美術手帖』2022年7月号「BOOK」より)