2020.7.29

【シリーズ:BOOK】「現代美術館」の新たな実践に向けて。『ラディカル・ミュゼオロジー』

雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本から注目の図録やエッセイ、写真集など、様々な書籍を紹介。2020年8月号の「BOOK」1冊目は、美術批評家・理論家のクレア・ビショップが「現代美術」の「現代」を問い直し、ミュゼオロジーの方法論を提示する『ラディカル・ミュゼオロジー』を取り上げる。

評=中島水緒(美術批評)

『ラディカル・ミュゼオロジー つまり、現代美術館の「現代」ってなに?』の表紙

危機の時代のミュゼオロジーをつくるために

 近年、美術館の資本主義化が進んでいる。国際規模で広がる美術館の民営化(私有化)、有名建築家を採用したハコづくり、動員数を稼ぐことに重きを置くブロックバスター型の企画展。こうした傾向を踏まえ、本書の著者クレア・ビショップは言う。世界各国の現代美術館はいま、経済的な成功に照準を合わせて魅力的なカテゴリーとしての「現代美術」を開陳する劇場と化してしまっている、と。

 そもそも「現代美術」の「現代」とは、存立基盤が危ういこのジャンルを応急手当をする際にトートロジー的に動員される曖昧な概念に過ぎない。したがってまず必要となるのは、定義が定まらず「揺れ動く」カテゴリーだった「コンテンポラリー」を、現代性/同時代性/共時間性の分類に沿って整理し直す理論的作業である。ボリス・グロイス、ジョルジョ・アガンベンといった論者や美術史家の言説を手際よく復習しながら、ビショップは「弁証法的同時代性」なる概念の創案に至る。これはいわば、「多数的な時間性をより政治的な領域のなかへと誘導する試み」(32頁)であり、耳触りの良い「多様性」を謳ってグローバリズムに安易に癒着する「コンテンポラリー」観とは一線を画すものだ。

 40ページにも満たない前半部でビショップは以上のような理論的基盤の点検とミュゼオロジーの方法論を提示する。駆け足ながらに密度の濃い導入だが、本書のもうひとつの読みどころは3つの美術館の具体的な実践例を紹介する後半部にこそある。自館のコレクションやアーカイヴを企画展示として再編するオランダのファン・アッベミュージアム、作品を社会的・政治的文脈を読むための「相関的なオブジェ」として開放的に扱うスペインのソフィア王妃芸術センター、限られた資金をやりくりしながら「反復」の手法で歴史を構築するスロベニアのメテルコヴァ現代美術館。3館に共通しているのは、政治的な態度の表明を恐れない明確なコンセプトに基づいた実験的なコレクション運用である。大掛かりな企画展で衆目を集めずとも、オルタナティブな文脈を見つめ歴史の多―時間性を創出する手法が、公共圏としての美術館における優れて政治的な実践となるのだ。

 原書の刊行は2013年。ビショップの問題意識が7年後の今日も大きな示唆となることに変わりはないが、コロナ禍を経た2020年のいま、美術館の現場は本書の範疇をはみ出た多くの問題を抱えている。ビショップの知見と各国の優れた館の実践に倣いつつ、危機の時代のためのミュゼオロジーをさらに深めていく必要があるだろう。

『美術手帖』2020年8月号「BOOK」より)