春から続いたコロナ禍による自粛要請も次第に緩和され、美術館やギャラリーも再開しつつある。ただ戻ったとはいえ、そこはソーシャルディスタンスの必要が続く世界であり、数ヶ月前とは明らかに異なる空気感が漂う。経済影響の長期化も見通されるなか、活況を呈しているのがゲーム業界だ。外出自粛下で爆発的なヒットとなった任天堂の『あつまれどうぶつの森』の盛り上がりにはアート界も反応し、現実では閉鎖中の美術館がゲーム内でプレイヤーがコレクションできるよう、所蔵品のデータを提供する動きも見られた。現実と非現実の中間にあるような、ゲームが生み出す「もうひとつの世界」で時を過ごす体験は、プレイヤーの日常へと浸透し、現実の感覚や判断にも影響を与えつつある。コロナ禍という一種の異世界体験は、その影響力をより明確にしたのではないか。
いっぽう、現代美術とゲームの接近も着実に進んでいる。メディア・アートの領域で は、作品にゲームエンジンなどの技術やアイデアを取り入れる「ゲームアート」が2000年代初めより欧米を中心に展開され、またゲームそれ自体の作品性を追求する「アートゲーム」の制作も、ひとつの領域を確立しつつある。2013年にはニューヨーク近代美術館によるヴィデオゲームの収蔵も行われた。さらに、アナログ形式やゲームの持つ「遊戯性」という点から言えば、古くはデュシャンやフルクサスに、アートそのものを「遊び」ととらえる表現を見出し、ゲームアート史を編み出すこともできるだろう(中尾拓哉氏の論考を参照されたい)。
日本でもこの10年で、若い世代を中心にゲームアートが生み出されるようになり、その創造性は技術的にも内容的にも、美術の表現領域を拡張しつつある。デジタルゲームの要素をいち早く作品にとり入れてきた谷口暁彦は、ゲームを「現実とまったく異なる世界ではなく、現実の一部を取り出して何度もシミュレーションしている場所」とし、現実世界で起きる災害や危機的状況など、来るべき悲劇に対してリスクを減らすことができる可能性をゲームのシミュレーションに見出している。フィジカルな接触の機会が減り、ネットやオンライン上のヴァーチャルなやりとりが増えたいま、「もうひとつの世界」から現実社会をとらえうるゲームアートは、世界をどんな方向に導く力を持っているのだろうか。その可能性を考えてみたい。
2020.06
本誌編集長 望月かおる
(『美術手帖』2020年8月号「Editor’s note」より)