プレイバック!美術手帖 1970年7月号増刊 特集「EXPO'70 人間と文明」

『美術手帖』創刊70周年を記念して始まった連載「プレイバック!美術手帖」。美術家の原田裕規がバックナンバーから特集をピックアップし、現代のアートシーンと照らし合わせながら論じる。今回は1970年7月号増刊の特集「EXPO'70 人間と文明」を紹介。

文=原田裕規

1970年7月号増刊「EXPO'70人間と文明」内、「万国博跡地利用の提案」より(P14~15)

「芸術無用」の時代、価値を反転させる手法に学べるか

 大阪万博をテーマに据えた本特集は、1970年7月、万博開催中に増刊号として刊行された。250頁弱もの誌面は、万博跡地の利用案、演出技術の考察、パビリオン紹介、各種論考などで満たされている。寄稿者には、浅田孝や山口勝弘など、大阪万博に当事者として関わった人々も見受けられるが、全体を支配しているのは「反博」の論調だ。そのなかでも、松澤宥や赤瀬川原平らによる「跡地利用案」は特に鮮烈で、ユーモアに富んでいる。

 例えば松澤は、万博の航空写真の横に空白の「図」を配置することで、万博施設を「消滅」させる案を図示する。いっぽうの赤瀬川は、「万博撤去の跡地に万博を建造する」という文言とともに、同一の万博の写真を横並びに配置。このセットを3回繰り返したうえで、「以上、安保改定のたびに行う。」と締め括ることで、ナンセンスな笑いを誘っている。

 とはいえ、2人のような「常連」の仕事に比べて、多少冗長でぎこちなかったとしても、それまで同誌には呼ばれることのなかった人々の仕事にこそ目が向けられるべきだろう。そこに名前を連ねているのは、建築家(浅田孝)、デザイナー(福田繁雄)、マンガ家(長新太)、文化人類学者(泉靖一)、社会学者(辻村明)、経済学者(坂本二郎)、技術者(相澤次郎)、企業企画部(乃村工藝社)などの多彩な専門家たちで、その様相はまさに──「万博」を鏡写しにした「反博」としての──「総動員」のそれとなっている。美術雑誌の誌面でこれほど大規模な論陣が張られたということに、まずは素直に驚かされてしまう。

 なぜなら現代では、万博に比肩する一大イベントの五輪にしても、それに対応する言論空間にしても、目を覆いたくなるような「断絶」に支配されているからだ。世論調査では国民の半数以上が反対していたにもかかわらず、強行開催された東京五輪の開会式では、振付演出家・MIKIKOの不当な解任劇が炎上した。背景には、政治家や広告代理店による利権をめぐる争いがあったことが指摘されており、権力ピラミッドの下層にいるクリエイターがその犠牲になったというかたちだ。当の開会式は、為政者に都合の良い人選で固められ、「総動員」どころか「クリエイター」自体の危機があらわになった。

 当初、今年の東京五輪でも大阪万博のように、国家による芸術家の「総動員」がなされるのではないかと危惧されていた。しかし、その予想は楽観的なものだったと言わざるをえない。いまや国家にとって、「芸術」自体が無用とされているからだ。それでは、この悪しき現実を「鏡写し」にし、状況を好転させることはできるだろうか。本特集の手法は、いまこそ必要とされているのかもしれない。

『美術手帖』2021年10月号より)