9月7日発売の『美術手帖』2021年10月号は「アートの価値の解剖学」特集。
近年、新たなアートコレクターの登場や、オンラインのアートフェア、オークション開催が増え、アート市場は活況の兆しを見せているようだ。だが、しばしば高額な落札額に「なぜこれにそんな値段が?」「この作品にはどんな価値があるの?」と困惑することがある。その原因は、価格と価値がどんな関係性にあるのか、アートの価値がどんなシステムのなかでつくられるのか、そのプロセスが不透明だからではないだろうか。
雜誌『美術手帖』10月号の特集では、こうしたシステムを解明すべく、キュレーター、ギャラリスト、批評家といったプレイヤーたちが、それぞれの現場でどのように価値づくりを支えているのかを解説。さらに美術館や画廊、マーケットといったアート業界の現場で、いまどんな課題があるのかを明らかにし、これからのアートの価値とは何かを考えるヒントを提示する。
「アートの価値」は、どのような文脈で使われるのかによって変わってくるもの。巻頭記事「アートの価値を知るための基礎知識」では、「アート」や「芸術的価値」がどんな意味で使われているのか、価値とはひとつなのか多様なのか、いかにして価値を判断するのかなどを整理する。
つぎに、美術館やギャラリー、美術大学といったアートを支える現場では、どのようにアートの価値をとらえ、いまどんな課題に直面しているのかを座談会形式で議論。そこでは、現代美術のポピュリズム化への危機感と、マーケットから自律した批評の必要性、ギャラリーの役割の問い直し、大学教育における多様性、そして各現場間の連携の重要性といった論点が挙げられている。
これらの問題点をさらに深掘りする記事として、美術館、ギャラリーそれぞれのプレイヤーたちに取材。美術館の役割については、「美術館のコレクションはどんな基準で選ばれているのか」「美術館にあるもの=美しいという誤解はなぜ根強いのか」といった根本的な疑問に学芸員が丁寧に答えている。
そしてつねにアーティストと並走しながら、日本の社会に現代美術を根付かせてきたギャラリストたちにも取材。東京画廊やSCAI THE BATHHOUSE、Take Ninagawaの代表が、戦後から現代に至るまでアートのインフラをどのように整えてきたのか、それぞれの歩みを語る。さらに、アートの商業的側面ばかりが注目されがちないま、制度の見直しや作品とコレクターとをつなぐ新たな取り組みの必要性を語る。
いっぽう、海外ではアートのエコシステムのなかでどのように価値がつくられているのだろうか。特集後半では、ギャラリストが作品に価格をつけるプロセスについて、海外の数百のギャラリーを取材した経済社会学者の視点から解説。また、現代美術のマーケットの中心を担うニューヨークでは、ギャラリスト、コレクター、美術館キュレーターらがどのような関係性を持ちながら、アートの価値を形成してきたのかを詳細にレポートする。
本特集は既存のアートのシステムを前提としているが、その背後にある文化政策の実態と課題についても分析。世界的に社会的文脈を中心に芸術をとらえる傾向にシフトしている現在、文化庁が政策として打ち出す「マーケットの活性化」といったキーワードには、時代に逆行しているような違和感がある。真の意味でアート業界全体を活性化するには、作家の社会的地位向上に取り組むことこそが課題ではないかといった指摘がなされている。
また既存のシステム自体への疑問や問題点を指摘する座談会「アート業界の労働環境をフェアにするために」や、アート業界のヒエラルキーによらない、作家たちの多様な活動のあり方も紹介しており、作品を生み出すアーティストを取り巻く環境そのものの改善や、制度自体を問い直す時期が迫っていることを感じさせる特集となっている。