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美術手帖2021年10月号
「アートの価値の解剖学」特集
「Editor’s note」

『美術手帖』2021年10月号は「アートの価値の解剖学」特集。雑誌『美術手帖』編集長・望月かおるによる「Editor’s note」です。

『美術手帖』10月号より

 近年、新たなアートコレクターの登場やコロナ禍のなかでオンラインのフェアやオークション開催も増え、アート市場は活況の兆しを見せている。そうしたなか、しばしばマーケットでの人気に基づく「価格」と美術史や批評に基づく「価値」とが、混同して語られる場面に出くわし、当惑することがある。商業的価値と芸術的価値は、本来異なる文脈を持つはずであるが、そうした前提が揺らいでいるようだ。

 そこで本特集では、美術館やギャラリーといったアートの現場を支える人々に、どのように価値形成に携わり、現場ではどんな課題があるのかを聞いた。伝わってきたのは現状への危機感と、ギャラリーの役割の見直し、批評の不在、教育そして各現場間の連携の必要性を説く声だ。

  作家と並走し、制作のための環境づくりを支えるギャラリーには、現代美術の歴史そのものを築いてきた側面もある。アートの商業的側面ばかりが推進される傾向にあるいま、改めてその役割が再認識されるときにある。いっぽう市場的価値から自律した価値を説く使命を持つのが批評である。その不在は長らく課題視されてきたが、存続のためには、批評を個人の営みではなく公共性を持つものとして認めるべきだと、美術評論家の福住廉氏は指摘する。確かに美術の公共性を担う美術館では、文脈の理解を前提とする批評を取り入れることは少ない。それよりも「まずは説明なしに、生の目で自由に見る」という鑑賞法を前提としている場合が多いが、本来現代美術とは歴史や美術史的背景なくして、その意味や価値を理解することが難しいものである。むしろこの方法は鑑賞者が美術の豊かさを深く知る体験を妨げていないかと、美学者の森功次氏は懸念する。

  美術を文脈から切り離し、作品を中心とする考えは、文化行政にも通底しているというのが、文化政策を研究する作田知樹氏の見立てだ。世界的には社会的文脈を中心に芸術をとらえる傾向にシフトしているのに、政策として「マーケットの活性化」を打ち出されると、時代に逆行しているような違和感がある。真の意味でアート業界全体を活性化するには、作家の社会的地位向上に取り組むことこそが課題ではないかと言う。

  本特集では既存のアートのシステムを前提としているが、その枠組み自体への疑問を呈してくれたのが川久保ジョイ氏ら作家たちだ。つい美術の一元的意味や確固たる基準を求めてしまいがちだが、価値はそれぞれの個人のなかに宿るものでもある。作家たちの価値をめぐる多様な考え方を紹介したページも、ぜひめくってみてほしい。そこに閉塞状況を突破するヒントがあるかもしれない。

2021.08
雑誌『美術手帖』編集長 望月かおる

『美術手帖』2021年10月号「Editor’s note」より)

編集部

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