基層をめぐって
「ポケモン化石博物館」は、北海道・三笠市立博物館で長い巡回展のスタートを切った(*1)。展示は思っていたよりもこぢんまりとしたものではあったが、事前の期待に違わず熱意と工夫にあふれたものであった(例えば「地質調査に使う道具」として担当学芸員自らの私物も展示されている[*2])。三笠市立博物館は、リニューアルオープン以来最高となる入場者を記録し(緊急事態宣言で予約取り消しがなされなければ3万人を上回っていたという[*3])、公式の紹介動画は10万回再生を超えている(*4)。
会場入り口の掲示物やウェブサイト、インタビュー記事などでは、本展が株式会社ポケモンによる博物館への働きかけによるものではけっしてなく、あくまで三笠市立博物館の学芸員による熱心な依頼によるものであることが繰り返し強調されている。だからこそ、筆者は本展は絶対に三笠で観ると決めていた。だが筆者は古生物学の専門家でもポケモンの研究者でもない。本稿は、実際の展示を確認しながら、それを支える「基層」までたどろうとするものである。
まずなによりも本展の肝は、ポケモンの世界と我々の現実世界をしっかりと分けているところだ。ポケモンの世界の「カセキから復元されたポケモン」と、現実世界の「化石や古生物」をじっくりと見比べることが促され、そこで見出されるであろう差異や類似を通じて、古生物学に親しんでほしい、という担当者たちの意図にも、安易に両者を混ぜるのではない一線がきちんと画されている。むしろその一線のためにこそ本展があると考えてもいいくらいである。とりわけ混同されやすい━━筆者も子供のころ間違って覚えていた━━進化についても、現実世界における(つまりは何世代にもわたって長い時間のなかで行われる)「進化」と、ポケモンの世界における(同一個体における急激な身体の変化としての)「しんか」とが峻別されて提示される。また、ティラノサウルスに羽毛が生えているという学説が紹介されているのは当然としても、「プテラ」もまた完全な復元であるとはかぎらない、という留保がつけられていてたいへん興奮させられた。ポケモンの世界における「科学」も、現実世界のそれと同様、研究が進むことで修正されていく可能性につねにさらされている(*5)。さらにアツいのは、もっとも荒唐無稽に思える記述が現実側にあることである。「古生物学の最終目標は、過去に生きていた全ての生き物を描きつくすこと」と大きく書かれたパネルは、「本気で月に行こうって考えたんだろうね」と口ずさまんばかりの凄みがある。ポケモンを全種集めるのだというようなレベルではない。
限定グッズはほぼ完売状態となったお土産コーナーを抜けて、筆者は常設展に向かう。そもそも三笠市立博物館は、「ポケモン化石博物館」の展示室に向かうまでの間に圧巻のアンモナイトの化石群が鑑賞者を待ち受けているのであるが(三笠市立博物館は世界的にも珍しい異常巻アンモナイト類で有名だ)、もうひとつ別に常設展がある。それは、「発掘」とはまた違う「掘ること」をめぐる現実であり、「ポケモン化石博物館」展と接する断層でもある。展示室には「北海道の開拓と囚人」「炭鉱と人々のくらし」とある。ポケモンの実物大骨格想像模型以上に脳裏に焼き付くのは、空知集治監の看守や、炭鉱労働に従事する採炭夫のマネキンである。ポケモン化石博物館と常設展はまったく別の世界に属するが、同時に、それが同じミュージアムのなかで併置されているという現実を筆者は直視せずにはいられない。そこには「化石」と「カセキ」、「進化」と「しんか」という二重性以上に、斥力と引力が同時に働いている。
集治監とは明治政府によって設置された囚人の収容所である。現在とは異なる人権意識・懲罰観念のもとで、受刑者たちは過酷な土木工事や炭鉱労働に駆り出された。北海道の開拓は彼らの受苦に支えられている。こうした強制労働の行き着く先は、網走刑務所の囚人たちによるテニアン島の滑走路整備であり、そこから飛び立ったB-29による広島・長崎への原爆投下であった。「ポケモン化石博物館」展では、各博物館の学芸員たちもポケモン世界のキャラクターであるかのように描写されていたが、「硬い地層から化石を掘り出す化石発掘は体力勝負だ!」と書かれた写真付きパネルには生身の身体が写し出されている。
博物館という展覧会の基層は、博物館法というさらなる基層によって底支えされている。目下、当該法は改正に向けた準備の真っ只中だ。北海道博物館協会学芸職員部会はウェブサイト「集まれ!北海道の学芸員」にて、博物館法改正の意見書を公開している(*6)。「当会会員の切なる思い」とまで書かれた意見書には、博物館の理念・定義について、
博物館の基礎的業務である資料収集、資料保存、調査研究が担保されることを前提とし、その上に情報発信や普及活動、観光利用が展開することを整理し、法の理念として明記すること
(強調部分は筆者による)
と記されている(*7)。「乱用される博物館の名称や『イメージ』の整理をはかり」ともある。文化観光推進法や博物館法改正というミュージアム運営の変革期において、「ポケモン化石博物館」が重要な試金石となるであろうことに疑いの余地はない。かつて昆虫採集に熱中した少年がゲーム開発者となりポケモンをつくりだし、かつてポケモンに熱中した少年が古生物学者となってアンモナイトの論文を発表する。近い将来「ポケモン化石博物館」をきっかけとして古生物学者になる子供が出てくるかもしれない。それはとても感動的な「バトンの受け渡し」ではあるし、本展は並々ならぬ努力と愛によって実現した企画であるだろう。だからこそ、あえて言い切りたいのだが、他ジャンルのIP(知的財産)に集客を依存した企画展が今後どれだけ増えるのだとしても、次世代への「バトンの受け渡し」がミュージアム固有の実践によって達成されることは絶対に諦めてはならない。それが、先行する表現からなにかを受け取ってしまった者の責任というものだと思う。
*1ーー今後は、島根県立三瓶自然館サヒメル、国立科学博物館、豊橋市自然史博物館を巡回予定である(ウェブサイトを見ると巡回先はさらに増えそうだ)。
*2ーー筆者は担当学芸員の私物が展示されているのを見るのが好きだ。美術だと学芸員自らがヤフオクでせっせと競り落とした資料が並ぶこともある。
*3ーー三笠市立博物館 ポケモン展に2万2322人 緊急事態で異例の幕切れへ (北海道新聞)[最終アクセス2021年10月28日]
*4ーー【公式】「ポケモン化石博物館」紹介映像[最終アクセス:2021年10月28日]
*5ーーこのリアリティラインの設定は、久保明教の論考を踏まえるとなお興味深いのであたられたい。「仮想空間はいかに解体されたか 『ポケモン』における多様性と標準化」『[シリーズ]メディアの未来⑫ モノとメディアの人類学』(藤野陽平・奈良雅史・近藤祉秋編、ナカニシヤ出版、2021)、p.175-187
*6ーー集まれ!北海道の学芸員[最終アクセス:2021年10月28日]
*7ーー博物館法改正意見書_HP掲載.pdf[最終アクセス:2021年10月28日]