白木谷国際現代美術館とは何か。通常営業を終える「高知の前衛」の最終到達点を見る
「白木谷国際現代美術館」、武内光仁《青い基地》。掛軸に描かれているのは武内の母の言葉 白木谷国際現代美術館の入り口となる《北の門・南の門》。ほかにも武内を写した写真やカラオケセットなどがある 白木谷国際現代美術館の外観。制作する武内の写真(右)と、武内と浜口富治が酒を酌み交わしている写真(左)が強烈な印象を与える。すぐ裏手は岸壁となっており、下に笠ノ川川が流れている 受付でもある喫茶スペース「CHAT HOUSE」。天井、柱や壁に武内が自身の手形を無数につけた 《母体の中で見た厳しい現実の夢》を下から見上げた様子。木材の連なりのうねりの上で、天井に貼られたレーザーディスクの盤面が輝く 《すてた50年、ひろわれた50年、生かされた50年》。奥では「年の功」とかけたのか、亀の甲羅が祀られている 前衛土佐派を牽引した浜口富治の作品。左から《生きた日のモニュメント(2)》《生きた日のモニュメント(1)》(ともに制作年不詳) 高﨑元尚の作品。手前と壁面が紙の反り返りに着想し1963年以降断続的に制作された高﨑の代表作「装置」シリーズ、奥が書の作品 彫刻家・重村三雄による《美術評論家ヨシダ・ヨシエ先生像》とヨシダ・ヨシエと武内が写った写真の数々。ヨシダは同館の永久顧問となっている 東京都庁で展示された《青い基地》。周囲にはいくつもの平面作品が展示されている 屋外展示場にいくつも植えられている梅の木と、廃車を重ねて制作された《一役の存在を夢みて》 《落ちて転んで・転んで落ちた7/9の我が人(ボーリングピン183本使用)》。ピンは廃業するボーリング場から入手したもので、このように武内は廃棄物も積極的に作品に取り入れた 屋外展示場の最端部に展示されている《紳士たちの昼食会》 川岸の斜面に造成された《太陽の涙》。手前は建設途中で断念された橋 遊歩道と《銀座田中貴金属からやっと帰ってきた仲間たち(自転車40台使用)》。歩道の柵もすべて武内が溶接して制作した 館内にある休憩室。写真家・武吉束の写真が展示されている 13 / 16
編集部