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特別展「空海 KŪKAI─密教のルーツとマンダラ世界」(奈良国立博物館)開幕レポート。空海はいかにして密教を伝えたか

生誕1250年記念特別展「空海 KŪKAI─密教のルーツとマンダラ世界」が奈良国立博物館で開幕。平安時代の僧・空海の生涯と、空海が日本に伝えた密教ならびにそのルーツを全5章で辿る展覧会だ。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、国宝《五智如来坐像》(9世紀)

 生誕1250年記念特別展「空海 KŪKAI─密教のルーツとマンダラ世界」が、奈良国立博物館で開幕した。会期は6月9日まで。

 本展は、平安時代の僧・空海の生涯と、空海が日本に伝えた密教ならびにそのルーツを、空海生誕1250年を機に全5章で辿る展覧会だ。担当は同館列品室長の斎木涼子。

展示風景より、《弘法大師坐像》(13〜14世紀)

 第1章「密教とは―空海の伝えたマンダラの世界」では、空海が密教を広く悟り知らすために広めた、胎蔵界・金剛界のふたつのマンダラの世界に迫る。ここでは和歌山・金剛峯寺の重要文化財《両界曼荼羅(血曼荼羅)》(12世紀)や、京都・安祥寺の国宝《五智如来坐像》(9世紀)が展示される。

展示風景より、国宝《五智如来坐像》(9世紀)

 そもそもマンダラとは、古代インド語で「本質を得る」の意味を持つ「マンダラ」を音写したもの。仏や菩薩などの仏像を体系的に配置して描き、密教独自の宇宙世界を表している。《両界曼荼羅》は、「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」という、胎蔵界・金剛界の両界を描いた二幅によって構成されている。

展示風景より、重要文化財《両界曼荼羅(血曼荼羅)》(12世紀)の金剛界曼荼羅

 「胎蔵界曼荼羅」は大日如来の慈悲からすべての仏が生まれる様を、母親の胎内で種子が育成する不思議さになぞらえたもので、「金剛界曼荼羅」は金剛(ダイヤモンド)のように強固な大日如来の智恵の作用を描いている。元来、それぞれ独立した経典によって構築されていたが、これを一対の体系として整備したのが、空海の師匠である中国・長安青龍寺の恵界であった。本章で展示される《両界曼荼羅(血曼荼羅)》は彩色本の原図曼荼羅としては現存最古とされ、空海の死後もこの両界曼荼羅の表す思想が受け継がれていたことを示している。

展示風景より、重要文化財《両界曼荼羅(血曼荼羅)》(12世紀)の胎蔵界曼荼羅

 第1章の展示室中央に鎮座する《五智如来坐像》は、大日如来とそれを取り囲む4体の仏像たちで構成されており、全5体の仏像が密教における5つの知恵「五智」を表している。このように、曼荼羅や仏像といった視覚に訴える表現により、マンダラや密教への理解を人々は深めていった。

展示風景より、国宝《五智如来坐像》(9世紀)

 第2章「密教の源流──陸と海のシルクロード」は、密教の根本経典とされる『大日経』と『金剛頂経』が、発祥地であるインドから中国、そして日本へと至った道のりを探るもの。

展示風景より、第2章「密教の源流──陸と海のシルクロード」

 『大日経』は陸のシルクロードから唐に入ったインド僧・善無畏と弟子の一行によって漢訳された。いっぽうの『金剛頂経』はインド僧・金剛智によって伝えられたが、そのルートはスリランカやインドネシアの島々を経て広州に至る、海のシルクロードを経由するものだった。

展示風景より、第2章「密教の源流──陸と海のシルクロード」

 陸のシルクロードと比べて、海のシルクロードを経由する伝来ルートはこれまで大きく取り上げられては来なかったが、ここに焦点を当てるのが本章のひとつのテーマでもある。とくにインドネシア国立博物館が所蔵する《金剛界曼荼羅彫像群》は、同国のジャワ島東部にあるチャンディ・ロル寺の遺跡からまとまったかたちで発見された10世紀ごろのもので、海洋ルートによる密教伝来をいまに伝えている。

展示風景より、《金剛界曼荼羅彫像群》

 第3章「空海入唐─恵果との出会いと胎蔵界・金剛界の融合」は、讃岐国で生まれた空海が山林での修行を経たのち、遣唐使として唐にわたり密教の師である恵果と出会い、さらに密教を日本へと持ち帰った軌跡を辿る。

 《文殊菩薩坐像》は中国・西安碑林博物館が所蔵する唐代の大理石像で、唐に滞在していた空海が目にした可能性が高い像だ。当時の唐の優れた文化を、その豊かな造形表現から見て取れる。

展示風景より、《文殊菩薩坐像》

 恵果の薫陶を受け、密教空海は唐から多くのものを持ち帰っており、その目録も現存する。国宝《金剛密教法具》はこの目録に記されたものであるとされ、仏具も含めた完全なかたちで密教を伝えようとした空海の志を感じられる一品だ。

展示風景より、国宝《金剛密教法具》

 第4章「空海の帰国 神護寺と東寺─密教流布と護国」は、帰国した空海が京都・神護寺を拠点に密教の流布を行い、やがて平安京の東寺を任されて仏教による護国を期待されるようになるまでの流れを追う。

展示風景より、《両界曼荼羅(伝真言院曼荼羅)》(9世紀)

 本章でもっとも注目すべきなのは、空海が制作に関わった現存唯一の両界曼荼羅、国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》(9世紀)だろう。高雄山神護寺に伝わることから「高雄曼荼羅」と呼ばれているこの曼荼羅は、赤紫色の綾地に金銀泥で諸尊が描かれた貴重なものだ。この曼荼羅は2016年から2022年まで6年間にわたり修理事業が行われており、本展は修理後初の一般公開の機会となっている。

展示風景より、国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》(9世紀)

 第5章「金剛峯寺と弘法大師信仰」では、心静かに京都から離れた土地で修行をしたいと考えていた空海が、中央を離れて高野山に金剛峯寺を建立し、以降同寺を中心に現在にいたるまで脈々とその思想が受け継がれていった様を辿る。

展示風景より、《弘法大師坐像(萬日大師)》(16〜17世紀)

 本章では金剛峯寺に伝わる、鎌倉時代を代表する仏師・快慶による重要文化財《孔雀王坐像》(1200頃)を見ることができる。両目を見開いた端正な顔立ちに無位時代の快慶の特色が表れており、空海亡きあとの金剛峯寺が長く仏教美術を司る場であったことが伝わってくる。

展示風景より、快慶《孔雀王坐像》(1200頃)

 国宝《伝船中湧現観音像》(12世紀)は、唐への渡航の途中に嵐に遭った空海の前に現れて、船を守った観音菩薩を表したと言い伝えられる画だ。空海がやがて伝説的な存在となり、そこに様々な物語が付与されることでその功績が流布されていったことをいまに伝えている。

展示風景より、国宝《伝船中湧現観音像》(12世紀)

 空海が伝えた密教の思想と、その伝播を知ることができる本展。広く人々に思想を伝えるために生まれた美的表現の数々を、新鮮に受け止めることができる展覧会だ。

編集部

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