スイス現代美術を代表する映像インスタレーション作家、イヴ・ネッツハマー。その日本初個展「ささめく葉は空気の言問い」が栃木・宇都宮の宇都宮美術館で開幕した。会期は5月12日まで。
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ネッツハマーは1970年、スイス・シャフハウゼン生まれ。建築製図やデザインを学んだのち1997年より作家活動を開始。ピピロッティ・リスト(1962〜)の次の世代を担う映像インスタレーション作家として注目を集め、2007年のヴェネツィア・ビエンナーレではスイス館代表を務めた。これまで、サンフランシスコ近代美術館(2008)、ベルン美術館(2010-11)など、各地で個展を開催。大学や病院など、公共建築と一体化したプロジェクトも多く手がけている。
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宇都宮美術館は岡田新一による設計。大谷石をふんだんに使いつつ、外庭と一体化するような大型のガラスが特徴的な館だ。ガラス張りの廊下を展示室に向かうところから、本展は始まる。
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中庭のクレス・オルデンバーグの彫刻《中身に支えられたチューブ》(2024)を望むガラス窓のある廊下には、コンピューターによるネッツハマーの線描画《ガラス面上の素描群》(2024)が並べられている。やわらかなフォルムと、ときには顔のようにも見える豊かな線のドローイングは、外光を浴びて影と交わりながら様々な表情を見せる。ネッツハマーが極めてミニマルに見える線を用いながらも、個性豊かな表現を実現してきたことがよくわかるだろう。
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宇都宮美術館には3つの展示室が放射状に設置されているが、これらを結ぶ中心の大空間「中央ホール」に《奇妙な空間混合》(2024)が配置されている。これは、ネッツハマーが近年になって使用を始めたLEDホログラムファンを使用した作品だ。建築空間と溶け合うように天井から吊り下げられた回転するファンには、3DCGモデルによって表現された手や足の運動、そしてネッツハマーのアイコニックなドローイングがLEDで映し出される。床面に置かれたモニターの上にはリンゴのオブジェが置かれ、そこでは身体の3DCGモデルが回転している様が映し出されている。
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本ホールには大きなガラス窓が設置されており、そこからは針葉樹と広葉樹の森林が見える、開かれて開放的な空間だが、ネッツハマーは身体のイメージをオブジェのなかに閉じこめて延々と回転させており、そこには窮屈さを感じる。しかし、このような限定的な環境に置かれているからこそ、ポリゴンの身体が美的に感じられる瞬間があるのも事実だ。抑圧と美の関係を鑑賞者の身体の延長として語りかけてくる展示だといえよう。なお、LEDホログラムファンは写真や動画ではその像を補足しにくく、撮影してもただの光となってしまう。これもまた、SNS時代におけるイメージのあり方を問いかける、ネッツハマーの仕掛けだと思わずにはいられない。
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展示室に入ると、本展のためにネッツハマーが組み上げた巨大なインスタレーション《筏》(2024)が来場者を迎える。本展準備のために来日したネッツハマーは、市内の大谷採石場や近隣の足尾銅山跡に足を運んだという。かねてから地下や水中に潜っていくということに関心を持って作品制作を行ってきたネッツハマーだが、その関心を今回の栃木での経験と結びつけながら生み出したのがこのインスタレーションだ。
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空間にはいくつもの竹が空中に浮かぶように天井から吊り下げられており、さながら地中に張り巡らされた水道管のようだ。仕込まれたターンテーブルによって吊り下がった竹が揺れると、竹の中を音が伝い、楽器のように場内に響く。また、竹は油分が多いために着色が難しいとされるが、本作は大田原市の竹芸工房「無心庵」による着色技術を用いることで、ビビッドなカラーがつけられている。ネッツハマーは竹というともすれば日本的な印象になりがちな素材を用いながらも、無機質で無国籍的なリゾームをシステムとして体現させたといえるだろう。
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また、このインスタレーションは迷路に入り込むように内部に足を踏み入れることができ、その先にある中心部には3Dプリンターによって出力された小さなオブジェが、アクリルスタンドの什器を組み合わせた土台の上で展開されている。来館したネッツハマーが現場で構成したという本作。各オブジェの細かな造形が様々な想像力を呼び込むとともに、全体の構成力の高さにも驚かされる。
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さらに、この《筏》の周囲には、戦争を想起させる屏風絵《世界は美しく、こんなにも多様だ。本当なら皆、愛し合ってもおかしくないはずなのに。》(2024)や、3DCGモデルによる身体イメージのアニメーション作品を展示。加えて、アニメーション作品を投影するプロジェクターは《筏》の内部に組み込まれているなど、与えられた空間で全方向からの視聴に耐えるよう展示を成立させる、作家の手腕が光る。
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もうひとつの展示室では、これまでネッツハマーが制作した映像作品を展開。第52回ヴェネチア・ビエンナーレで発表された《反復するものが主体化する(プロジェクトA)》(2007)をはじめ、《時間なき日々》(2015)、《身体の外縁》(2012)など、これまでの代表作に触れることができる。
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手や足をはじめとした身体、そして水中や地下への潜入など、どこか抑圧的で、ときにユーモラスなイメージが、3DCGモデルの無機質な人物たちによって表現される。無機質であるからこそ個人的な物語、あるいは社会的な課題をそこい代入できると言えるが、同時に無機質であるからこそ、そこから自由になれるとも言えるだろう。鑑賞者に作品の解釈を徹底して託すというネッツハマー。淡々と動き続けるこれらのアニメーションから受け取る言語を咀嚼していると、なかなか目を離すことができない。
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宇都宮美術館というシチュエーションを最大限に活かし、また栃木という地域性をも取り込みながら、この場所でしかあり得ない映像インスタレーションをつくりあげたネッツハマー。作家としてのこれまでの歩みをたどるだけでなく、その構成力と限られた空間だからこそ光る強いイメージを堪能できる展覧会といえるだろう。
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