1920年代、ヨーロッパ諸国では第一次世界大戦からの復興によって工業化が進み、「機械時代」(マシン・エイジ)と呼ばれる技術が急速に発展する時代を迎えた。そのなか、機械に対する賛美と反発が同時に現れ、当時の芸術の中心地であったパリをはじめとする欧米のアートワールドにおいても様々な応答があった。
そんな1920〜30年代のパリを中心に、ヨーロッパやアメリカ、日本でモダニズムが進むなかで生まれた様々な芸術を通じ、機械と人間との関係をめぐる様相を紹介する展覧会「モダン・タイムス・イン・パリ 1925-機械時代のアートとデザイン」が、箱根のポーラ美術館で開幕した。担当学芸員は東海林洋と山塙菜未。
本展は、「機械と人間:近代性のユートピア」「装う機械:アール・デコと博覧会の夢」「役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム」「モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」の4章と、エピローグ「21世紀のモダン・タイムス」によって構成。フェルナン・レジェやコンスタンティン・ブランクーシ、そしてダダやシュルレアリスムなどの作家が機械をモチーフにした作品を展示するほか、いくつかの新たな試みも行っている。
例えば、第2章「装う機械:アール・デコと博覧会の夢」では、1920年代を代表する装飾スタイル「アール・デコ」をたんなる装飾芸術でなく、産業技術や都市の発達という視点からとらえることを試みている。
1925年、パリ現代産業装飾芸術国際博覧会(アール・デコ博)が開催され、工業生産品と調和する幾何学的な「アール・デコ」様式の流行が絶頂を迎えた。同章で紹介されているポスター作家A・M・カッサンドルがポスターの制作依頼を受けたノルマンディー号は、全長312メートルにおよぶ当時世界最大の豪華客船。カッサンドルによるポスターでは、船体の長さや豪奢な内装などの要素を切り捨て、船を正面から仰ぎ見る大胆な構図で描かれた。
また、船内のダイニングルームには、ガラス工芸作家ルネ・ラリックによるシャンデリアや高さ4メートルのトーチランプなども設置。船内のテーブルに置かれたラリックによるランプや、ラリックの代表作と言える様々なガラスの香水瓶も本展で見ることができる。
第4章「モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」では、1923年に発生した関東大震災からの復興により、急速に近代化が推し進められた日本のモダンデザインに注目。杉浦非水が1922年からのヨーロッパ遊学を経て昇華させたアール・デコ様式によってモダン都市・東京を表現したポスターや、古賀春江や河辺昌久などの前衛的な芸術家が機械的なモチーフを採り入れた多彩な作品が並んでいる。
また、エピローグでは21世紀において機械をテーマに制作を行う3人のアーティストを紹介。自身のルーツであるアラブ世界の近代化を表現したムニール・ファトゥミの映像作品、官能的なロボット像を生み出してきた空山基による近未来的な立体作品、そしてデジタルとフィジカルとの境界線を問うラファエル・ローゼンダールによる大型のレンチキュラー作品が展示されている。
担当学芸員の東海林は、AIやロボットなどの技術が日進月歩で進化している21世紀において、100年前に機械がいかに人間の身体や思想を変えていったのかを様々な芸術を通じて見ることは「非常に意味がある」とし、次のように話している。「多様な芸術や時代が交差する展覧会になっているが、我々の精神と共鳴する部分を探りながら本展を楽しんでいただけたら」。