東京・日本橋の三井記念美術館で「国宝 雪松図と能面✕能の意匠」が開幕した。会期は2024年1月27日まで。
年末年始の恒例行事となっている、同館所蔵の国宝 円山応挙筆《雪松図屏風》(18世紀後半)の展示。本展は、この《雪松図屏風》とともに同館が所蔵する旧金剛家伝来の重要文化財の能面や、能装束、能楽器などを鑑賞できる展覧会だ。
会場に並ぶのは三井家伝来の貴重な能面の数々。能という芸能が成立した直後の室町〜桃山期の希少な能面が、往時の能に携わった人々の思想の一端を物語る。例えば、展覧会冒頭で来場者を迎える伝春日作《翁(白色尉)》(室町〜桃山時代)の柔和な表情は、老翁という存在に当時の人々が託した超越性を現代に伝えている。
本展の展示では、能面の持つ表情にも着目したい。能面の目や口は動かないが、仰向け(テラス)やうつむき(クモラス)といった、演者の微妙な動きによって光や影が生まれ、表情が変わって見える。様々な角度からその表情の豊かさを堪能することをおすすめしたい。
例えば、在原業平をモデルにしたという重要文化財の男面、伝福来作《中将(鼻まがり)》(室町時代)は、能面の持つ表情の豊かさを知るための格好の素材だろう。能面がしばし無表情の形容として使われるように、この面も一見すると表情が希薄に感じられる。しかし、様々な角度から観察すれば、わずかに曲がった鼻筋や寄せた眉、かすかな動きをたたえた口角など、細やかな造形によって独特の憂いを持つ表情をつくり出していることがわかるはずだ。
展示されている女面のなかでも、とくに目を引くのが伝孫次郎作《孫次郎(ヲモカゲ)》(室町時代)だろう。作者の孫次郎が、若くして亡くなった妻を思び、その面影を写したという伝承から「ヲモカゲ」の呼び名がつけられたこの面。額からまぶたにかけての美しい線がつくり出す、神秘的な趣は見逃せない。
《雪松図屏風》は展示室の最奥部に展示されているが、その周りを囲むように華やかな能装束が並び、年始を控えたこの展覧会を華やかに彩っている。これらの能衣裳は、明治以降の能を積極的に庇護し、自らも舞ったという三井家に伝わるもの。コレクションのなかでも、とくに華麗な唐織、厚板唐織、厚板、縫箔を展示することで、《雪松図屏風》の美しさを際立たせる。
展覧会の後半は、能面の表情をつくる要となる「目」と「口」に焦点を当てた展示が行われている。人がつける仮面であるために能面の目には穴が空けられているが、その形状は様々だ。また、目や葉に金属を使うことで、超人的な霊力を表現する技術も用いられており、こうした「目」や「口」といった細部に宿る職人の技を観察できる展示となっている。
最後を飾るのは、能面作家・橋岡一路より新寄贈された能面の展示だ。今年10月に逝去した橋岡は、能の宗家が所蔵する「本面」や、将軍家、諸大名が所有した由緒ある面を、卓越した技術によって写してきた。三井家とも関わりが深かったという橋岡の功績をじっくりと堪能できる。
数々の能面の豊かな表情に触れ、面に託された古の人々の感性に思いを馳せながら、《雪松図屏風》を楽しむことができる贅沢な展覧会だ。