東京・新宿のSOMPO美術館で、フィンセント・ファン・ゴッホの画業や西洋絵画の歴史を静物画から探る展覧会「ゴッホと静物画―伝統から革新へ」展が開幕した。会期は2024年1月21日まで。
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本展は2020年、同館移転後の開館特別企画展として予定されていたが、新型コロナウイルス感染拡大のため中止となり、3年の延期を経て、このたび晴れて開催となったもの。17世紀オランダから20世紀初頭まで、ヨーロッパの静物画の流れのなかにゴッホを位置づけ、ゴッホが先人たちから何を学び、それをいかに自らの作品に反映させ、さらに次世代の画家たちにどのような影響を与えたかを探る展覧会だ。
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会場は「伝統/17世紀オランダから19世紀」「花の静物画/『ひまわり』をめぐって」「革新/19世紀から20世紀」の3章で構成されている。
第1章となる「伝統/17世紀オランダから19世紀」でまず紹介されるのが、ゴッホがオランダ・ハーグで従兄弟の画家、アントン・マウフェに絵画を学んでいた頃の作品、《麦わら帽のある静物》(1881)だ。かたちや色、質感などが異なるモチーフを描くことで、ゴッホが鍛錬を重ねていたことがうかがえる。
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本章の展示作品を見ると、ゴッホが様々なモチーフを描いていたことがよくわかる。3点が確認されているドクロを描いた絵画のなかのひとつ《髑髏》(1887)のほか、《コウモリ》(1884)、《燻製ニシン》(1886)、《鳥の巣》(1885)、《野菜と果物のある静物》(1884)など、自身の画力を上げるためにゴッホが貪欲に幅広いモチーフを描こうとした結果生み出された作品が並ぶ。
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なお、本章ではゴッホが描いたモチーフに添わせながら、同様のモチーフの作品を紹介している。例えばドクロであればピーテル・クラースやヨースト・フェルデナンデスといった17世紀のオランダで活躍した画家たちのヴァニタス画が、果物であればゴッホが共感を憶えていたというリヨン出身の静物画家アントワーヌ・ヴェロンによる《薬缶、瓶、果物のある静物》(1870頃)などが展示され、ヨーロッパの静物画の系譜や、ゴッホが自身の画風を確立していく過程で受けた影響を垣間見ることができる。
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1886〜87年においてゴッホは、花の絵を重点的に描く。《青い花瓶にいけた花》(1887)は、捕色を意識した点描の背景から印象派や新印象派の影響が見て取れる。カミーユ・ピサロやピエール=オーギュスト・ルノワールの花をモチーフとした静物画も展示されているので、ぜひ会場で見比べてもらいたい。
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第2章「花の静物画/『ひまわり』をめぐって」は、第1章の最後で紹介された花を描いた静物画が紹介される。18世紀から19世紀にかけての様々な画家による花の静物画が並び、目にも鮮やかだ。
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この章の主役はやはりSOMPO美術館のコレクションを代表する存在である《ひまわり》(1888)だが、本展ではその隣にアムステルダムのファン・ゴッホ美術館から来館した《アイリス》(1890)が並び、壮観な光景をつくり出している。
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《アイリス》は背景の黄色と花弁の紫(青に見えるが近年の研究で描かれた当時は紫であった可能性が指摘されている)を対比させる色彩の試みだったと言えるが、注目したいのはその構図だ。画面右に垂れた花を配置しているのは、隣に展示されている《ひまわり》と共通しており、この2作にゴッホの共通した試みがあったことがうかがえる。この2作の並びを堪能できる貴重な機会だ。
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第3章「革新/19世紀から20世紀」は、見たままを写すという印象主義を超えて、個人の主観によって二次元の平面に対象をいかに構築していくのか、ということが試みられ始めた、ポスト印象派以降の時代を中心に扱う。
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幾何学的な構成にもとづく独特の様式にたどり着き現代美術にも通じる絵画の新たな表現を切り開いたポール・セザンヌをはじめ、ルノワールやポール・ゴーギャンといった巨匠の作品が本章では展示されている。
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ゴッホの作品も興味深いものが多く、例えば茶系統の絵具のテクスチャによってくたびれた靴に強い存在感を与えた《靴》(1886)や、太い輪郭線と大胆な筆使いがただ修練のために描いた石膏像とは一線を隠す《石膏トルソ(女)》(1887〜88)などは、高い強度を持っている。
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また、ゴッホが遺した作品に強い影響を受けたモーリス・ド・ヴラマンクや、ゴッホからの影響を指摘する説もあるマルク・シャガールなど、20世紀の巨匠たちの作品も本章の見どころだ。
あまりにも有名な《ひまわり》を基軸にしながらも、ゴッホのみならず広く西洋絵画における静物画の歴史を俯瞰する本展。新たなゴッホ像を見つけるための手引となりそうな展覧会だ。
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