東京・恵比寿の東京都写真美術館でホンマタカシの約10年ぶりの美術館個展「即興 ホンマタカシ」が開幕した。会期は2024年1月21日まで。
ホンマタカシは1962年東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、ライトパブリシティに入社。キャリア初期にはイギリスのカルチャー誌『i-D』を始めとする雑誌で活動した。1999年に写真集『東京郊外』(光琳社出版)で木村伊兵衛写真賞を受賞。2011年から12年にかけては、国内3ヶ所を巡回した大規模個展「ニュー・ドキュメンタリー」を開催している。
今回の個展は、ホンマが近年力を入れてきた「カメラ・オブスクラ」の原理を用いた作品を中心に構成されている。カメラ・オブスクラとは、暗室をつくりそこに小さな穴を空けることで、明るい外の像が暗室の内部に上下逆さまとなって投影される仕組みを利用する装置だ。暗室内部に現れた像をなぞりながら描くことで写実的なスケッチを行うことは古くから行われており、またその像を定着させることで写真となる。
ホンマは近年、都市空間にある建築物内の部屋をこの「カメラ・オブスクラ」とすることで、外部の風景を定着させた作品を制作しており、本展はこの一連の試みをたどるものとなっている。
会場は中央の暗い部屋を囲うような構成となっており、ところどころに丸い穴が空けられている。カメラ・オブスクラを体現したようなこの展示室の穴をのぞくと、そこからは作品が見える。これらの作品についてホンマは「写真作品を人がどう見るのかという興味から、対象を見る際に位置や空間が定義される状態をつくり出したかった」と語る。
本展の構成の中心となるシリーズが「THE NERCISSISTIC CITY」だ。世界各国の建築物の一室をカメラ・オブスクラの原理を使ったピンホールカメラに仕立て、外の風景を撮影した本シリーズ。「都市が撮影した都市」とも言えるこれらの写真は、都市にの内部と外部はどこにあるのか、都市に注がれる視線はどこから来るのか、といった問いを喚起してくれる。
ホンマはピンホールカメラを使用して制作を行う理由を次のように語った。「長く写真を続けているので、思い通りに写真を撮ることはできるようになったが、写真を撮る過程で予想しないものが入り込むことに魅力を感じるようになった」。
会場では定着の途中で天候の悪化によって光の量が減り映りが悪くなった写真や、現像の過程で指紋が載ってしまった写真、空港のエックス線検査で一部が感光してしまった写真なども並ぶ。いずれも、写真という行為がたんなる作品制作の手段ではなく、メディアをつくりだす行為そのものであるということを意識させる。
富士山を撮影した「Thirty-Six Views of Mount Fuji」シリーズは、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に着想を得て、富士山の見えるホテルなどをカメラ・オブスクラとして様々な角度から富士山を撮影した作品群だ。
ホンマはこの作品群の多くを、自身が撮影地に赴かずに制作している。アシスタントとやり取りしながら富士山の像を部屋で定着させていくことは、思い通りにならないことも多いというホンマ。だが、いっぽうでこれらの作品は部屋そのものが富士山を見ているということを記録しようという営みにも思える。ホンマが現地に赴かずにこれらの作品を制作するのも、人間が目で見て撮影するという行為から、風景を自律的に開放するような思考がそこにあるからとも言えるだろう。
本展に際しては、新作を含むホンマの映像作品の1階ホールでの上映や、ホンマが講師を務める計6回のワークショップ、出品作家とゲストによるトークなども予定されている。
だれもがスマートフォンのカメラという目を持ち、風景をエモーショナルに記録するようになった現代において、写真と風景の関係を改めてとらえ直す展覧会だ。撮影者の意図的な視線と距離を置きながら、風景をそのままにとらえようとするホンマタカシの試みが具現化していると言えるだろう。