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絵を描くとき、絵を見るとき、人は何と向き合うのか。井田幸昌の個展「Panta Rhei | パンタ・レイ − 世界が存在する限り」が京都市京セラ美術館で開幕

美術家・井田幸昌の初となる美術館個展「Panta Rhei | パンタ・レイ − 世界が存在する限り」が、米子市美術館から京都市京セラ美術館に巡回。12月3日まで開催されている本展の会場の様子をレポートする。

文、撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、Room1「肖像画を描く」

 美術家・井田幸昌の初となる美術館個展「Panta Rhei | パンタ・レイ − 世界が存在する限り」が、米子市美術館から巡回するかたちで、京都市京セラ美術館で開幕した。会期は12月3日まで。

展示風景より、Room4「抽象絵画」

 井田は1990年鳥取県生まれ。2019年東京藝術大学大学院油画修了。2016年現代芸術振興財団主催の「CAF賞」で審査員特別賞を受賞し、2017年にレオナルド・ディカプリオ財団主催のチャリティオークションに史上最年少で参加した。2018年にForbes JAPAN主催の「30 UNDER 30 JAPAN」に選出。 2021年にはDiorとのコラボレーションを発表するなど多角的に活動をしてきた。その制作は絵画のみにとどまらず、彫刻や版画にも取り組み、国内外で発表を続けている。 

井田幸昌

 本展のキュレーターは、パリのパレ・ド・トーキョーの共同設立者であり、北京のユーレンス国際美術センターのディレクターのほか、世界各地の芸術祭を手がけてきたジェローム・サンスが務めた。サンスは本展開催にあたって次のように語った。

 「井田幸昌は私にとってユニークな人間だ。自ら様々なことを試み、細かいことに頓着しない。井田は色々なことを試みて可能性を追求し、旧習を破壊しながら新たなものをつくり出す、パンクなアーティストだと言える。本展は7つの部屋で構成されているが、各部屋はリニアな関係ではなく、相互に行き来できるような性格を有している。この構成が井田という作家が持つ多様な方向性を示すはずだ」。

展示風景より、Room3「具象絵画」

 本展が開催される京都市京セラ美術館は、井田にとって思い入れのある館だという。井田は17歳のとき、同館で開催されていた「大エルミタージュ美術館展 いま甦る巨匠たちの400年の記憶」で、フォービズムの画家、モーリス・ド・ヴラマンクの作品を見て感動し、本格的に画家を志す意志を固めた。京都市美術館の歴史ある意匠をいまに伝える本館の南回廊で開催する本展に、井田は大きな感慨を持って臨んでいる。

展示風景より、Room1「肖像画を描く」

 7章構成の本展の最初の部屋はRoom1「肖像画を描く」だ。この部屋では井田の代表的な作品である「ポートレート」シリーズが14点並ぶ。これらポートレートのモチーフとして描かれているのは、井田がこれまでに出会ってきた人々の顔だ。他者との関係性を重視するという井田は「一期一会」を重視しながら、それぞれ人物と出会う瞬間を留めるようにこれらの作品を描いたという。

展示風景より、Room1「肖像画を描く」

 加えて井田は、これらのペインティングにおいては、対象との距離を重視していると語る。近づけば絵具の複雑な集合であるが、離れると人物の輪郭が現れる。それは会場における作品と観客とのあいだに存在する距離を問うとともに、人々が他者と対峙する体験そのものを再考させる試みにもなっている。

展示風景より、Room1「肖像画を描く」

 Room2「ブロンズ像」は、井田が絵画の延長として制作した12体のブロンズの彫刻作品が並ぶ。「ポートレート」シリーズと同様に、モデルが誰であるのか認識できなくなるような強い筆致を立体化させるようにつくられたこれらのブロンズ像は、この後の展示室に集められた木彫作品のスタディにもなっている。

展示風景より、Room2「ブロンズ像」

 Room3「具象絵画」は、井田が美術史に対峙し、ときに学び、ときに乗り越えようとした軌跡ともいえる具象作品が並ぶ。井田にとって具象絵画を制作するという行為は、美術史に名を残す芸術家と向き合うと同時に、自己の精神と向き合う行為でもあるのだという。コロナ禍や自身の子供の出生といった身の回りの出来事と、それに伴う自身の精神のゆらぎもまた、各作品の色調や明暗に影響を与えていると語る井田。この部屋は美術史であると同時に、井田の個人史でもあると言える。

展示風景より、Room3「具象絵画」
展示風景より、《The Starry Night -Existence and Distance -No.2》(2021)

 Room4「抽象絵画」は、展示室そのものがインスタレーションとなったかのような空間だ。ここでは距離や角度によって無限に変化し続ける井田の抽象絵画の持つ有機的な性格を活かした会場構成が成されている。会場に足を踏み入れた鑑賞者は、まるで自然のなかに身を置くかのように、絵画のつくり出す空間を体感することができる。

展示風景より、Room4「抽象絵画」

 Room5「End of today」では、井田が創作の日々のなかで出会った人々や風景を描いた同名のシリーズ300作品を一堂に展示している。つねに通り過ぎていく日々を絵画というかたちで留めたいと願う、井田の絵画とともにある日常が感じられるはずだ。

展示風景より、Room5「End of today」

 Room6「木彫彫刻」で展示されている10体の大型の木彫彫刻作品は、どれも人物をモチーフとしている。コロナ禍において、人と人が見つめ合うということを改めて考えたという井田。この章の作品群は井田が木と見つめ合った結果であると同時に、作品と見つめ合うという体験を鑑賞者に意識させる場とも言える。

展示風景より、Room6「木彫彫刻」

 最後となるRoom7は、大作《Last Supper》(2023)が1点、展示室に鎮座している。過去に多くの作家がモチーフとして選んできたレオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》に、井田もまたいまを生きる現代の作家として向き合った。人々がスマートフォンのイメージをつねに目にし、AIによって自動生成された絵画が次々に生まれる現代という時代を、アイロニカルな食卓として表現。かつてダ・ヴィンチは空気遠近法という技術によって絵画を革新したとされるが、現代の技術は絵画をどのように革新していくのか。そんな問いも本作には込められている。

展示風景より、《Last Supper》(2023)

 いまも進化の途上にある井田幸昌という作家の現在地を、美術館という場でじっくりと探る事ができる展覧会だ。

編集部

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