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世界を見据え、日本を拠点に「一期一会」を描く。画家・井田幸昌インタビュー

2016年CAF賞で名和晃平賞を受賞し、翌年レオナルド・ディカプリオ・ファンデーションオークションに最年少で参加。18年にはForbes JAPANが主催する「30 UNDER 30 JAPAN」に選出されるなど、いまや世界各国にコレクターを有する注目の画家となった、井田幸昌。その個展「Portraits」が、6月25日〜7月7日まで銀座蔦屋書店 GINZA ATRIUMにて開催される。本展では、これまで井田が取り組んできた油彩に加え、初公開となる立体やシルクスクリーン作品など約30点を展示。井田がテーマとする「一期一会」について、そして制作について、話を聞いた。

聞き手・構成=中村志保 撮影=稲葉真

アトリエでの井田幸昌

一期一会と肖像画

ーー東京では約3年ぶりとなる個展「Portraits」のタイトル通り、本展ではこれまでも取り組んできた肖像画を中心に展示されます。まずはじめに、井田さんが肖像画を描く理由について聞かせてください。

 もともと「一期一会」をテーマとしているんですが、友人や旅先で出会った人など、身近な人々との出会いの瞬間を描きたいと思ったのが始まりです。出会いを通じて人って変化するものですよね。そう考えると、一期一会というのは時間に関する概念でもあると思います。

A head 2019 162×194cm キャンバスに油彩

ーー「一期一会」という言葉は、もともとは仏教用語ですね。四天王像や帝釈天などをモチーフに描いていることとの関連性はありますか?

 大きくリンクしていると思います。じつはこのテーマにぶつかったのも、20歳の頃に旅したインドでの体験がきっかけでした。ムンバイにあるスラム街を訪れたときに、裸の子供たちがゴミ山の上を駆けている姿を目の当たりにして、「この子たちとはもう一生会うことはないんだよな......」と、ぐっとこみ上げるものがありました。誰かと出会って変化する自分も、他者が何を考えているかはわかりえないことも、確かなものはなく、すべて時間に支配されているんだと気づいた経験でした。

 描きながら「何を表現したいんだろう?」とモヤモヤと考えていた時期に、パズルのピースがカチッとはまった感覚を得たんです。絵を通して、いまでもずっと思考実験をしているような感じですね。なぜ生きて、なぜ死ぬのか、という普遍的な問いにも似ているかもしれません。でも、答えはない。だから僕は永遠に描き続けるんだと思います。

井田幸昌
Garbage and dog 2018 162×194cm キャンバスに油彩

ーー身の回りの無名の人々を描くいっぽうで、アンディ・ウォーホルやバスキア、エリザベス女王など、時代やカルチャーのアイコンとして誰もが認識できる人物を描いています。モデルとしての対象を選ぶ基準はどこにあるのでしょうか?

 他者との関係性に影響をおよぼしているという点では、身近な人も有名な人物を描くことも同じなんじゃないか、と。僕は表現者として、対象との関係性を切り取って絵画化しているに過ぎない。例えばウォーホルの作品を見て、「この絵、見たことあるよね」という感覚も、エリザベス女王の結婚式のようにヒストリカルなテーマにしても、ある時代や文化において影響を与えてきた人たちとの「出会い」であることに変わりはないと思うんです。

 人物の背景に情報を持つ作品も、顔だけにフォーカスしている作品もありますが、僕のなかでは絵は絵なので差異はない。見る側は背後の文脈を読み取ろうとすると思うけれど、そこは好きに受け取ってもらえたらいいですね。

奥に掛かっているのが《Andy Warhol No.2》(2019)
Queen Elizabeth 2018 130.3×194cm キャンバスに油彩

ーー有名人を描きつつも、崩したり歪ませたりすることで、逆に匿名性が入り込んでくるのが面白いと感じます。パレットナイフでザッと絵具を塗りつける技法的な面からも「暴力性」を孕むと言われることもあるようですが、そこに井田さんのフィルターを通した一期一会があるのかな、と。

 みんなそうだと思うんですけど、人と会って話して影響を受けるのって、自分の価値観を通したものですよね。絵を描く際も、僕の思考の具現化が目的なんです。絵がもつ造形性のなかで何ができるのか。それがいちばん重要なこと。暴力性ということに関しては、ある種の癖なのかもしれない(笑)。僕の生い立ちだったり、様々なものが絡み合ってこういう表層になっているんだと思います。

 でも、基本的に世界って暴力的じゃないですか? 格差があって、争いごとは終わらない。それを表現しようと描いているわけじゃないけれど、この方法が自分にとってのリアリティなのかもしれません。とは言っても、僕はコンセプチュアル・アーティストではないので言語化することに重要性をあまり感じていません。画家として、絵が絵として成立しているかというところが大切で、必要なことをやっていきたいです。

スタジオ風景

ーーとくに海外では、作品について言語化することを求められますよね?

 そうですね。でも「とくに何も考えてないよ」って答えてます(笑)。......いや、もちろん考えてるんですが、作品に考えそのものが表出しているわけではありません。言語化できる前の段階の深いところでなにかしらの言語が発生していることを自覚はしているけど、言葉で表現しようとすると違うものになってしまうので、絵を描いているんだと思うんです。思考を完全に具象化してみたいといいますか。だから、絵画自体が言語でもあるだろうし、僕が言うべきことは最低限に留めたい。

 「一期一会」のように核となる言葉は提示しても、ニュースキャスターの原稿のように決まったものを読み上げるのとは異なります。僕の作品に関していえば、どうやって見るか、読み解くかは制約を持ってほしくないですね。でも、絵を通して時間軸の共有ができたらいいな、とは思う。きっと、いい作品というものは時間を持つと信じているので。

Jean-Michel Basquiat no.3 2019 194×194cm キャンバスに油彩

日本で作家の枠を広げたい

ーー井田さんは、現在はギャラリーに所属していませんね。世界各国のギャラリーやコレクターから注目を集める日本人の画家として珍しいことだと思うのですが、ご自身のプロデュースやマネジメントに関して聞かせてください。

 日々の動きかたとしてはフリーランスのようなものですが、一昨年、個人の株式会社を設立しました。意図的な部分と、自然とそうなってしまった部分があると思います。というのも、ニューヨークを訪れた際に、日本との徹底的な差に衝撃を受けたんです。もちろんコレクターや情報量の母数が違うしマーケットが大きいという理由がありますが、若手、中堅、大御所も含めて作家たちが活動に対して余裕があって、考えている領域が違うと感じました。

 帰国して、どうすれば自分がその領域に近づけるのかということを考えましたね。 大学ではそのあたりを教えられる人も少なく、自分で学ぶしかないなと。海外で活動をする機会に恵まれたことも大きく、日本と海外との比較を自分の中で自然とする癖もついていきました。そんなとき、あるビジネス関係の方にお会いして、「縛られるのが嫌なんですよね」って話をしていると、「会社つくっちゃえば?」って軽く言われたんですよ(笑)。で、なるほど、と。経営者だったり有識者だったり、アート業界ではない人たちともお付き合いがあって、こういう形態になっているんだと思います。

井田幸昌

ーーそれでも日本を拠点にする理由とはなんでしょう?

 新たなロールモデルになればいいな、とは思っています。僕がこうやって活動することで、アーティストだって立派な職業だぞ!となって、若い世代の作家たちにより良い環境ができたらいいですよね。新しい動きをすることで反感を買うこともあるけど、それは小さなことに過ぎない。国内の枠をもっと広げていきたいと思うし、作家自身もギャラリストに頼りっぱなしではなく、主体性をもって考えていかなければならない時代ですから。まあ、これまでの成功のロールモデルをただ追いかけるのが嫌なのかもしれませんね(笑)。

ーー国内外を問わず多くの著名人に会われていると思いますが、そういった経験も井田さん独自の動きに影響していそうですね。好きな作家や参考にしている作家はいますか?

 そうですね、最近はもっぱらウィレム・デ・クーニングの作品ばかり見ています。巧みさと強さとオリジナリティのバランスがとれた作家で、これくらい自由に描けたら楽しいだろうなあ、と思います。僕も「作品を良くしたい」という大前提がある。そのためにはずっとスタジオに籠って描いていても変わらない。見ること、動くことをやっぱり大事にしたいですね。“毎日ちょっとだけ無理をする”ということも密かに自分に課しているんですよ(笑)。

スタジオ風景

ーー最後に、今回の展示では新たに立体やシルクスクリーンの作品も発表するとのことですが、見どころを教えてください。

 もちろんペインティングが一番なのですが、もともと様々な素材に興味があるんです。ブロンズは昨年から本格的に始めたばかりですが、見方が360°になるので面白いですね。でも、モデリングしていく作業は油画にも近いものがある。ブロンズ作品をつくり始めたことで、絵に対する感覚も少し変化してきたと思いますね。

制作途中のブロンズ作品

 絵をやっているからこその立体に対する発想というのもあって、反復を楽しんでいます。それと、シルクスクリーンを発表することは今年の目標のひとつでした。絵画ではできない部分もあるので、実験しながらアプローチを模索している感じですね。今回初めて展示する作品なので、どのように見る人に伝わるのかまったく予想できません。反応が楽しみです。

編集部

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