横浜・日本大通りにあるKAAT 神奈川芸術劇場(以下、KAAT)で、その劇場空間と現代美術の融合による新しい表現を展開するKAAT独自の企画シリーズ「KAAT EXHIBITION」。その8回目を飾る「浅田政志展|YOKOHAMA PHOTOGRAPH-わたし/わたしたちのいま-」が開幕した。キュレーターは中野仁詞。会期は10月1日まで。
浅田は1979年三重県生まれ。日本写真映像専門学校研究科を卒業後、スタジオアシスタントを経て独立。2009年に写真集『浅田家』(赤々舎)で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞した。10年には初の大型個展「Tsu Family Land 浅田政志写真展」を三重県立美術館で開催。20年には著書の『浅田家』および『アルバムのチカラ』(赤々舎)を原案とした映画『浅田家!』が公開され、10 年ぶりの新作となる『浅田撮影局 まんねん』(青幻舎)と「浅田撮影局 せんねん」(赤々舎)を発表。昨年には自身最大規模の個展「だれかのベストアルバム」を水戸芸術館で開催したことは記憶に新しい。
本展は、浅田が「わたし/わたしたちのいま」をテーマに、横浜の人たちとともにつくり上げた新作撮り下ろし作品を展示するものだ。
今回、浅田の個展に参加したのは112組の公募から選考された19組を含む30組132名。KAATがある横浜は幕末から明治にかけて写真の技術が伝わった日本の写真発祥の地のひとつで、モノクロ写真に彩色する「横浜写真」が生まれた場所だ。浅田はこの技術に敬意を表するかたちで、モノクロ撮影したものをデジタル着彩し展示。全50作品を制作し、うち37点(30点が人物、7点が風景)が暗い会場に並ぶ。
浅田が劇場空間で作品を展示するのは今回が初めて。浅田は「暗い空間で写真がそれぞれ独立し、鑑賞者が向き合うようやかたちにしたかった」と話しており、劇場ならではの繊細な照明によって写真が効果的に浮かび上がっている。
ホテルニューグランドのスタッフや三溪園の庭師、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、老舗の洋品店・信濃屋の職人など、“横浜らしい”人々だけでなく、フリーランスになることを決めた女性や生まれつき難聴の息子を囲む家族など、市井の人々の姿までが並ぶ。
横浜写真の彩色が着彩師によって施されていたことにちなみ、浅田の写真はイラストレーターと密なコミュニケーションをとりながら彩色されたという。どこか親しみやすさや懐かしさを感じさせる各写真の裏にはそれぞれのエピソードが記されているので、こちらも合わせて読み、写真を見返してみてほしい。
「横浜は写真家の聖地のような場所」だと語る浅田は、本展のために様々な美術館で横浜写真の現物を調査したという。誰もがスマートフォンで気軽に写真を撮影できるようになったこの時代。「横浜写真が生まれた当時と同じような熱量で写真が撮れないか」という浅田の想いから生まれた作品群に触れてみてはいかがだろうか。