KAAT 神奈川芸術劇場が、現代美術と舞台芸術の融合による新しい表現を、劇場の独特な空間で展開する「KAAT EXHIBITION」。その第5回目として、新進気鋭の現代美術作家・冨安由真による、虚構と現実が交錯する新作インスタレーション展示だ。
冨安は1983年東京都生まれ。不可視なものに対する知覚を鑑賞者に疑似的に体験させる作品で注目されており、「第12回 shiseido art egg 冨安由真展: くりかえしみるゆめ Obsessed With Dreams」(2018)や第21回岡本太郎現代芸術賞での展示でも話題を集めた。
「冨安由真展|漂泊する幻影」と題された本展は、通常の劇場空間が丸ごと冨安のインスタレーションへと変化させるものだ。「時が止まり、朽ちていくだけの存在に魅力を感じる」廃墟を題材に作品をつくりたいと考えていたという冨安。本展では、千葉県市原市で見つけたという2007年に廃業したホテルがモチーフとなっている。
会場に入ると、そこはもう別の空間。まず無限に続くようなホテルの廊下が出現し、大きな戸惑いを覚えるだろう。そして古めかしいドアを開けると、真っ暗な空間が広がる。
そこには廃ホテルを映した映像と、ホテルから運び出された実物の家具が舞台美術のように設置されており、スポットライトで次々と浮かび上がる。劇場はブラックボックスであり、「無限に広がる世界を生かしたいと思い、建て込みを最小限にし、周囲に空間が広がっていくことを意識した」という冨安。劇場ならではの緻密な照明設定がそれを可能にしている。
この真っ暗な空間の先には、もうひとつの廊下がある。こちらも合わせ鏡によって無限の空間が演出されており、その先には廃ホテルを描いた絵画が並ぶ展示室が出現する。本展では、廃ホテルという共通のモチーフをもとに、映像、絵画、インスタレーションが入れ子構造になっていることが大きな特徴だ。
劇場という空間ゆえに「公演」を意識したという本展には、「始まりと「終わり」があり、鑑賞者は空間の中でそれを体感することになる。会場は一方通行で元のルートには戻れない。冨安が劇場空間を最大限に活かした新たな試みに没入してほしい。